C型肝炎多発地区における 医師会の取り組み
  第99回周南医学会 シンポジウム 平成5年10月 柳井


     玖珂郡医師会C型肝炎研究班
     *吉岡春紀、河郷 忍、高木由紀江、藤中節夫
    玖珂町医師団
    岩国国立病院 河野 宏

 はじめに

 1989年Chiron社のグループによりC型肝炎ウイルス(HCV)抗体の測定が可能となり、従来非A非B型とされていた肝炎の多くがC型肝炎と診断されるようになりC型肝炎の研究が盛んに行なわれるようになった。また、本邦の各地で散発的に流行した肝炎もC型肝炎であることが確認されている。玖珂町でも以前より肝疾患罹患率、肝疾患死亡率、肝癌発生率が高いことが知られていた。

 昭和62年より、成人病基本健診で肝機能検査が行なわれるようになり、玖珂町では、肝機能異常者が多いことや肝疾患による死亡率の高いことも再確認できた。また玖珂町以外にも山口県内特に、周南地区の多くの町村に肝疾患罹患率の高い地区があることも解かった。

 今回のシンポジウムでは周南地区の現状とC型肝炎多発地区における医師会の取り組み、今後の対策について述べてみたい。

 周南地区の肝機能異常の現状

 話が前後するが、今年発表された平成3年度の山口県成人病統計のまとめをみると、県内の東部には、肝機能異常者の多い地区が多数に見られ、肝機能異常率が10%を越える町村は図-1のごとく玖珂町以外にも、大畠町、東和町、久賀町、大和町などにも見られている。またその他の市町村でも県平均の5.5%を越える町村も多く見られた。

 これらの町村ではC型肝炎検診を実施した所もあるがいずれもHCV抗体陽性者が多くC型肝炎による肝機能障害であると考えられる。

図-1 周南地区各市町村の健診肝機能異常率
異常率 赤色10%以上、緑色6-10%、黄色6%以下

 

玖珂町住民検診におけるC型肝炎の検討

 話を玖珂町に戻すが、平成3年度の住民基本健診で、前年よりC型肝炎の検査として認められるようになったHCV抗体検査を行なうことを町と交渉し、了承を得て希望者に検査を行なった。このまとめは、日本臨床内科医会に発表したが、ここではその一部を紹介する。

 対象

 平成元年より平成3年までの基本健診受診者を対象とした。老健法による基本健診の対象者は40歳以上で職場検診などを行なえない住民を対象としている。玖珂町では40歳以上の対象者は約5500人でうち基本健診の対象は約2300人である。平成3年度の検診受診者は男性291名、女性650名の合計941名であり、このうち839名でHCV抗体検査(第一世代のC100-3抗体)行なった。

 HCV抗体の測定は町、医師会単独では予算的に困難であり、国立岩国病院の協力を得た。

 結果および考案

 年令別の検診者数は40歳代男性35名、女性124名、50歳代男性51名、女性220名、60歳代男性126名、女性219名、70歳以上男性79名、女性87名であり全体では男性291名、女性650名、合計941名である。40-50代の男性での受診者が少ないのは職場検診などの受診が多いためと考えらた。

 図-2 肝機能異常率

 図-2にGPT値40単位以上の肝機能異常者率を示すが過去の年度と差がなく、40歳から50歳台の男性で肝機能異常を認める例が多く、全体では男性19.6%、女性6.5%、合計では10.5%に肝機能異常を認めた。50歳台の男性の肝機能異常は検診者の30%を超えていた。





 図-3 HCV抗体陽性率

 また、HCV抗体検査は図-3のように全体では男性22.6%、女性11.2%、合計で16.6%と高い陽性率が認められた。肝機能異常率同様に40-50歳代の男性での陽性率が高い傾向を認め男女差が認められたが、この原因は不明であった。HCV抗体陽性率は日赤による全国の献血者より算出した陽性率(1-3%)と比べて極端に高い陽性率と言える。
 同時に行なった、HBs抗原陽性者は0.7%、HBs抗体陽性者は37.8%であった。
 なお、過去に肝疾患の既往のある人は45名32.4%、輸血歴のある人は29名15.1%であった。    

 図-4 HCV抗体陽性者の肝機能異常率
  一方HCV抗体陽性者でも今回の検査では肝機能異常のないものも多く、図-4のごとく男性33.3%、女性57.5%、全体では47.4%が肝機能は正常であった。この結果はHCV抗体陽性でも多くのHCVキャリアーの存在を示していると考えられた。

 HCV抗体検査と肝機能異常の有無は種々の組み合わせが考えられ、全検診者のうちHCV抗体陰性の肝機能異常者は男性4.6%、女性1.7%にみられこれらは今回のHCV抗体検(C100-3抗体)で検出されないC型肝炎やその他の肝障害を含んでいるものと考えられた。

 また、HCV抗体陽性で肝機能異常の見られないものは男性7.6%、女性6.5%であり、これらはC型肝炎のキャリアか、治癒したC型肝炎の可能性が考えられた。HCV抗体陽性で、肝機能異常のある現在C型慢性肝炎と考えられる受診者は男性15.6%、女性4.8%であり医療機関での受診歴のない者も多く、早急な啓蒙が必要であった。

 次に肝機能検査の経年変動を検討した。C型慢性肝炎の患者さんの経過中にもしばしば肝機能は変動する事がある。しかし住民検診では検査時の結果で正常や異常を判定するしかないのが現状である。そこで今回HCV抗体陽性で過去3年間の肝機能検査が行なえた者のうち、年度により正常値や異常値に変化した例のGPTの変動を示す。このようにHCV抗体陽性でも肝機能検査は変動する場合も多く、年度によって異常や正常の異なった報告がなされていることになり、ワンポイントの検診の限界を示すものと考えられるが、受診者にとっては年度により異なった報告が通知されることにより、検診への不安や不信に繋がることもあり、肝機能検査の限界などを受診者に説明し理解を得ることも必要であり、結果の報告には慎重でなければならないと考えられた。

 図-5 夫婦検診者

次に夫婦間での感染を調べるために、今回夫婦ともに受診された79組の夫婦で検討すると、図-5のように、夫婦ともにHCV抗体陽性は6組7.6%であり、一般の陽性率と比べても高い陽性率とはいえず、夫婦間の感染の確率はむしろ少ないのではと考えられた。

 このようなC型肝炎多発の感染経路については確証は出来ないが、一般的な感染経路としては輸血、注射などの医療行為、不衛生な予防注射、夫婦感染、母子感染、針灸、入れ墨、麻薬注射などが考えられている。しかしこれらの要因も、単独では町全体の幅広い年齢層に感染したという確証はなく、玖珂町では昭和20年代後半から昭和30年前半に肝炎の流行が確認されており、当時の衛生状態、栄養状態などを考えると、推測ではあるが、これらの複合感染ではなかったかと考えられ、現在の感染経路の常識をそのまま当てはめるわけにはゆかないと考えられた。

その後の医師会の取り組み

 その後、検診結果を基に玖珂町ではC型肝炎検討会をつくり、行政、保健所、国立病院、医師会が協力して検討を進めている。このうち住民への啓蒙活動、講演会などは数回開催しC型肝炎について理解を深めている。HCV抗体陽性者への個別相談なども検討している。

また、町議会でも取り上げられ感染経路などの質問があり、その後マスコミにも取り上げられ、このタイトルが内容に比べ刺激的であったことより住民の不安が増したことも事実であった。 このころより行政側の対応が消極的になり現在、この検討会が十分機能していないのが現状である。

 また、C型肝炎の新たな発生はない事実をつかみ住民の不安を解消するため中学生のHCV抗体検査も検討されたが一部の強い反対で中断している。

これからの対策

 これからのC型肝炎の対策として、山口県でも肝機能異常者は5%を越えており、全国各地にまだ報告されていない肝炎多発地区は多いと思われるし、第2世代のHCV抗体検査では数十%に新たなC型肝炎が確認されておりHCV抗体陽性率は献血者の陽性率をかなり上回っていると考えられC型肝炎はむしろ国民病の一つであると思われる。C型慢性肝炎は肝硬変、肝癌の発生が高率に認められるため一市町村、医師会の取り組みには限度があり全国レベルでのC型肝炎の検診が必要であると思われた。

 また継続して講演会を行い正しい知識を啓蒙することも大切であると考えられる。一方C型慢性肝炎の治療として広く普及しているインターフェロン療法はまだかなり高額な医療であり、インターフェロン治療費の公的助成も働き掛ける必要があると思われる。

また、行政サイドも正しい情報を住民に知らせる義務のあること、マスコミも興味本位でない不安を抱かせない報道を心掛けて欲しいと思われた。

 以上玖珂町における基本検診でのC型肝炎について検討し、医師会の取り組みについて述べた。

 本文の詳細は日本臨床内科学会会誌 第7巻4号 平成4年9月 P204-209に投稿発表した。


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