○○病院 結核院内感染予防マニュアル(平成12年4月)

はじめに
 肺結核はかつては,死亡率の第1位を占め,大正7年には人口10万対257.1人であった。戦後は順調に減少を続けていたが,平成9年にはじめて上昇に転じた.近年,老人保健施設,病院での結核集団発生,医師看護婦など医療従事者の結核感染が報道されており,結核に対する認識不足が発見の遅延,集団感染の原因のひとつに考えられている.本邦で結核が増加に転じたことは,どの診療科においても予期せず結核患者が発生することを意味している.また,若年者の大部分が未感染者であることから,医療従事者が患者から感染することも十分ありうる. 

(1)結核の感染様式
 結核の感染様式には飛沫感染と塵埃感染とがあるが,主たる感染様式は,専ら飛沫感染であり,排菌患者の咳やくしゃみによる飛沫中の結核菌を吸い込むことにより感染する.特に大量に排菌する患者に接する場合,接触がなくても会話したり,排菌患者が咳をしているときは数メートル以内にいるだけで感染の機会となりうるので,注意が必要である.免疫能が正常の健常者の場合,10〜20%程度が発病するといわれ,初期感染の発病時期は2年以内とされている.しかし若年者や免疫能の低下した高齢者では発病の頻度はさらに高くなる.特に,中高年者では,糖尿病,白血病等血液悪性疾患,術後,副腎皮質ステロイド剤投与,抗癌剤投与,腎透析といった免疫能の低下,全身状態の悪化等,抵抗力が減弱した際に,古い病巣内に生き残っていた結核菌が,再び増殖して発病することがある.

 第1表 結核の発症危険因子         
 a)ツ反陰性の若年者(小児・新卒職員では要注意)
 b)アルコール常習者,アルコール依存症
 c)担癌患者,大手術施行患者
 d)免疫不全状態(AIDS,ステロイド,化学療法中,糖尿病)
 e)生活の荒んだ人,規則正しい食生活をしていない人
 f)慢性呼吸器疾患(塵肺・肺気腫・慢性下気道感染症→局所感染防御機能の低下)
 g)高齢者(初感染ではなく,再発が多い)           

(2)外来での対策
 呼吸器科以外の診療科においても,咳嗽,喀痰,発熱等がある場合は,胸部X線検査が必要である.第2表に結核を疑わせる症状を示した.これは,あくまで指標であり,同様の症状でも,肺癌,慢性呼吸器疾患2次感染症の可能性も否定できない.

 第2表 結核を疑わせる症状          
 a)咳,痰がいつまでも続く(風邪なら一週間で治まるはず).
 b)微熱が続く(極端な高熱はなく,倦怠感).
 c)胸痛が右または左側に出現する(結核性胸膜炎の症状).                       

 上記の症状が認められ,かつ1週間以上症状が続けば,必ず胸部X線写真を実施すべきである.単に対象療法として,消炎鎮痛剤や去痰剤を用いるのみでは,一過性に症状が軽減しても結核が進行していることがあるので避けるべきである.

(3)職員の衛生教育
 院内感染を起こさないためにはまずは医師の結核症の早期診断と適切な治療能力の向上が必須であり、職員の結核教育もこれに次ぐ。
 健康教育による感染防止
 職員すべてに結核の感染・発病の知識をもたせ、患者などの教育時には咳をするとき口を覆う習慣や、面会・診察時や病室を離れるときのガーゼ・マスクの着用などを指導をし、飛沫核による結核菌の飛散を防止する。

(4)病院職員の結核検診について
 病院職員の結核感染,結核発症を防ぐために,病院職員は以下の点に留意させる.

 @年1回の胸部X線写真は必ず受ける.
 職場検診の胸部X線検査の目的の一つに肺結核発見がある.健常者でも無症状で肺結核を発症していることがあるので,X線検査は必ず受診させる.妊娠中および産褥期には結核になりやすいことから,少しでも呼吸器症状があれば出産後に胸部X線検査を実施しておくことが望ましい.
 A雇い入れ時の健康診断では所定の検査項目のほか、40歳未満の者にはツ反応検査を追加し、その結果が強陽性以外の者にはおおむね2週間後に再度ツ反応検査(二段階試験)を行う。
 Bツ反応の二段階検査法により、第2回目が陰性の者には本人と相談の上BCG接種を行う。これによりBCG接種を受けた者は、2ヶ月後の早い時期にツ反応検査を実施する。また、陰性者の病棟配置には配慮が必要となる。
 C必要によりその他の職員にも定期健康診断時にツ反応を追加する。
  注・今年度は秋に職員全員にツベルクリン検査を行うことが職員の会議で確認された。その費用は病院負担で行う。

 「そのデータの保存方法について」は院内感染対策委員会で検討する。
 ○職員の結核感染の発見は、定期健康診断によるものが多 いとされている。
 ○どの病院でも職員(特に医師の)受診率が低いが、これをどう意識づけするかが重要である。
  (→感染対策委員会)
 ○ツ反陰性職員を結核のあり得る病棟への配属は差し控えるべきであるが、実際にはどの病棟で結核患者が発生するかは不明であり、ツ反陰性職員はその旨を自覚する必要がある。

 ツベルクリン反応の判定について

反応判定符号

 発赤の長径 9mm以下        陰性(−)
 発赤の長径10mm 以上       弱陽性(+)
 発赤の長径10mm以上で硬結を伴うもの   中等度陽性(++)
 発赤の長径10mm以上で硬結に二重発赤、水疱、壊死等を伴うもの強陽性(+++) 

2段階ツベルクリン反応とは
 最初の通常のツ反検査(T1)の1〜3週後に場所を変えて第2回目のツ反検査(T2 )を行なう方法。
 強陽性者は再ツ反でも強い反応が出るのでT2を行う必要はない。
 T2はT1によるブースター現象を明らかにするためのものであり、次回検査(被爆が起こったかどうかの確認の検査など)の時に、ブースター現象のために大きくなった反応を、『感染を受けたため大きくなった』と誤らないために行なう 。
 T2の反応を基準値とし、39才まではその後のツ反応が30mm以上で、基準値より10mm以上大きい場合には感染があったものとする。

 ツベルクリン反応の結果の記載は反応の強さと、程度を正しく観察することが重要で、単に、陽性、陰性といった分類では不十分である。発赤が10mm以上ともなれば通常は硬結も出現するものである.従って,原理的に「弱陽性」は極めてまれである.強陽性言い換えれば二重発赤をともなう反応は発赤が25mm程度以上の場合が普通である.まれに,それより小さい発赤径の反応で発赤に段差がみられ,ために二重発赤と判定される例もあるが,これは本来の強陽性として取り扱う必要はない.なお,二重発赤の場合の「発赤長径」とは外径の発赤の大きさをもって判定する.

(5)一般病棟における対策
 先に述べたごとく,抵抗力の減弱により肺結核を発病する確率は高く,これらの患者が入院する病棟においては,常に肺結核の発病に注意する必要がある.いずれにしても,肺結核が疑われれば,胸部X線とともに喀痰あるいは胃液等を検体として塗抹,培養検査をする必要があり,肺結核と診断され,活動性であれば,隔離入院を検討する.

(6)消毒法
 手指の消毒は基本的に水洗手洗いで充分といわれているが,患者の抵抗力の減弱による感染の機会があると考えられる場合は,万全を期して,7.5%イソジン液で1分以上よく洗い,その後充分に手洗いする.寝具は,80℃以上の熱湯消毒20分以上をおこなう.チューブ,カテーテル等はできるだけ1回限りの使用としたほうがよい.再生使用する場合は,十分流水洗浄した後,EOG滅菌をおこなう.カーテン,患者の使用したタオル等も80℃以上の熱湯消毒20分以上で十分である.UVライザー滅菌は結核に対して完全ではないが,MRSAの合併症例もあることから可能であれば実施する.

 気管支内視鏡,上部消化管内視鏡等は使用後,大量の流水で30分間一次洗浄後,2%のグルタラール溶液20分浸漬し乾燥する.多数の患者に内視鏡検査を施行する時は,排菌者もしくは排菌疑い者に使用した検査器具は,完全に滅菌するまで使用せず,他の内視鏡を用いるか,排菌者の検査の順番を最後にする等の配慮が必要である.

 以上,結核の消毒法について述べたが,こと結核菌においては,薬品による消毒は一般に考えられているよりも効果が弱く,あまりあてにならないのも事実である.手洗いや衣類の消毒に薄い消毒液を用いるのは,あまり合理的とはいえない.結核菌が熱や光に弱いことから,できるだけ物理的方法で消毒ないし滅菌することが望まれる.さらに結核症は消化器伝染病と異なり,器物,衣類等に付着した菌による間接感染は幼弱者や衰弱者を除き,稀とされている.このような観点から,白衣は80℃の高温洗濯で,汚染された器具は高圧蒸気(121℃)で30分滅菌すれば良い.手洗いはブラシを用いて皮脂とともに十分洗い流す.

(7) 結核の届け出
 結核は法律で届け出が義務づけられた伝染病であるので,結核と診断した場合,2日以内に所轄保健所に結核発生届けをするとともに,結核治療を行なう場合には結核予防法に基づいて患者居住区の所属保健所に申請する必要がある.但し当地区の場合には速やかに柳井国立療養所への紹介が理想である。
 特に塗抹陽性なら,培養結果やPCR法の結果を待たず,速やかに第1報を届け出し,患者の転送と、詳細報告は重複して後に報告するものとする.

(8)まとめ
 院内感染は今や社会問題にまでなっているといっても過言ではない.学会関係者や政府機関も院内感染対策に取り組んでいるが,現場にどの程度危機意識がいきわたっているのか疑問である.個人的には,看護職員や,検査技師より医師自身がまだ十分感染対策が徹底していないのかもしれない.医師は危機感は持っているが,感染対策を十分してもなおかつ院内感染が発生してしまう経験,可能性を知っているからかもしれない.しかし,この問題は現場の皆で少しでも院内感染を減らそうという意識をもって対応しないと前進はない.


会員資料室に戻ります。