夏かぜと心筋炎

竹川小児科医院
竹川 剛史



 プール熱,手足口病,ヘルパンギーナなど,今夏も夏かぜ症候群が流行しました.長引く発熱に,眼脂,発疹,口内炎に嘔吐下痢と,多彩な症状を呈するばかりではなく,無菌性髄膜炎など様々な合併症があることが知られています.このたびは夏かぜとその合併症としての急性心筋炎について述べてみたいと思います.

 夏かぜ症候群では,アデノウイルス感染症,手足口病,ヘルパンギーナがあげられます.アデノウイルス感染症では,プール熱が有名です.プール熱は,アデノウイルス3型や7型で起こり,発熱,咽頭発赤,眼球結膜充血がみられ,時に腹痛や下痢を伴います.潜伏期間は2-14日間,飛沫感染,接触感染で伝播されます.特別な治療法はなく,対症療法が行われます.登校・登園基準としては主要症状が消失した後2日を経過するまでは出席停止です.
手足口病の原因ウイルスはコクサッキーウイルスA16型,エンテロウイルス71型です.コクサッキーA6型やA10型もまた手足口病の原因となり,とくにA6型の手足口病は回復期に爪甲脱落症を伴うことが知られています.口腔内の口内炎と四肢や臀部の水疱や小紅丘疹が出現し,発疹は3-7日の経過で治癒します.

 ヘルパンギーナはほぼコクサッキーウイルスA群の感染で起こり,A4型,A6型,A2型など多様です.咽頭の口蓋弓部の水疱や潰瘍形成などの口腔内所見が特徴的で,突然の発熱,流涎,咽頭痛を呈し,嘔吐や下痢などの消化器症状を伴うことも多く,発熱は1-4日程度,口腔内所見は3-7日程度で消退します.両者とも飛沫感染・経口感染で,潜伏期間は3-6日,治療はともに特別なものはなく,対症療法が行われます.どちらも解熱し全身状態が安定しておれば登校・登園は可能です.

 夏かぜ症候群の原因となるアデノウイルスやエンテロウイルス属の感染症は,時に無菌性髄膜炎や脳炎・脳症,肝炎,腎炎や心筋炎を引き起こします.心筋炎とは心筋を主座とする炎症疾患で,「炎症性細胞の浸潤とそれに隣接する心筋細胞の機能的/器質的障害」と定義されます.
原因としては,夏かぜ症候群を引き起こすものを含むウイルス感染によるものが大半を占めています.小児期急性心筋炎の原因としてアデノウイルスが10-50%(2型が80%,5型が20%),エンテロウイルス属は20-30%で,コクサッキーウイルスA4,A9,A16,B1-6型などがあげられます.先に述べた手足口病やヘルパンギーナなどの夏かぜ症候群を引き起こすウイルスもあてはまります.

 多くの急性心筋炎症例では,発熱,頭痛,筋肉痛,全身倦怠感などのかぜ様症状や嘔吐,食思不振,腹痛や下痢などの消化器症状が先行しますが,この時点で心筋炎特有の症状はなく,数時間から数日の経過で心不全徴候や胸痛,房室ブロックや期外収縮などの不整脈が出現します.血液検査上はCRPの上昇やAST,LDH,CK-MBなどの心筋逸脱酵素の急激な上昇をきたします.心電図上はST変化,完全房室ブロック,心室頻拍や上室頻拍など様々な所見を呈します.心エコー上は左室壁運動低下や心嚢液貯留,房室弁閉鎖不全などが知られており,重要な検査です.診断の決め手として心筋生検があげられます.

 治療としては,呼吸・循環管理が必須で,免疫グロブリン療法(IVIG)が行われる場合が多く,経皮的心肺補助装置(PCPS),大動脈内バルーン・パンピング(IABP),体外式膜型人工肺(ECMO)などの補助循環装置の導入を余儀なくされるケースがあります.しかしとくに劇症型心筋炎の予後は依然として厳しく,上記の高度医療をもってしても救命できないケースも多いです.

 夏かぜと,その合併症として起こることがある心筋炎について述べましたが,先に記したとおり初期のかぜ症状の段階で心筋炎を診断することは非常に困難です.「かぜ」というのも怖いもので,充分に回復するまでは決して子供たちに無理をさせてはいけないと,この文章を書き終えて改めて感じた次第でした.

参考文献
1. 日本小児科学会:学校,幼稚園,保育所において予防すべき感染症の解説.2015年7月改討版.
2. 川崎幸彦:エンテロウイルス感染症.小児科臨床Vol.78 No.10 2015-10 1336-1342
3. 堀越裕歩:アデノウイルス感染症.小児科臨床Vol.78 No.10 2015-10 1343-1348
4. 日本循環器学会,日本小児循環器学会他:急性および慢性心筋炎の診断・治療に関するガイドライン(2009年改討版)
5. 小玉誠:心筋炎と心筋症.小児内科Vol.42 No.5 2010-5 680-684
6. 片岡功一,白石裕比湖:急性心筋炎.小児内科Vol.42 No.5 2010-5 747-751