災害時における妊産婦の対応について

しま産婦人科
林 龍之介


 今年4月に熊本県で最大震度7(M7.3)の地震が発生し、一時最大18万人もの被災者の方が避難生活を余儀なくされました。日本はこのような自然災害に見舞われやすい国であり、山口県とて例外ではありません。
災害が発生時に安全な場所への避難行動や避難場所での生活において大きな困難が生じ、まわりの人の手助けを必要とする人たちを「災害時要援護者」といいます。妊産婦に対しては近年の大規模災害の教訓を経て、ようやく国や各自治体が災害時要援護者と明記するようになってきました。妊婦は一見健康であり、妊娠初期や症状がない場合は周囲から見過ごされがちですが、災害などの劣悪な環境下では容易に重症化し、胎児のみならず母体の命にかかわることも起こりえます。そこで、今回は妊産婦への災害時の対応についてお話ししたいと思います。

1.災害前
 まず妊娠が確認されれば、自分は妊産婦として災害に遭遇する可能性があることを自覚しましょう。一般的な災害時の防災対策の準備はすでにしていても、妊娠、出産、産褥の状態ではさらに別の準備が必要です。
災害時に持ち出すもののうち、まず重要となるのは母子健康手帳(親子健康手帳)です。手帳には、それまでの妊娠経過記録や、出産後の子供の成長や予防接種などが記載されています。万が一かかりつけ病院や保健センターが被災し情報を失った場合は、母子手帳が唯一の情報源となります。母子手帳をもらったら記入欄に必要事項を記入し、平常時から携帯するようにしましょう。コンピュータに詳しければ、画像に撮ってクラウドなどにデータを保管しておくといったことも役に立ちます。またお産が近い時期になれば、分娩準備品や出産後のオムツ、お尻ふきなども一緒に持ち出せるよう準備すると良いでしょう。これらの物品は、避難所で手に入りにくいものが多いため、あれば大変役立ちます。

2.災害発生時の避難行動
 妊婦の場合 、特に妊娠中・後期では、お腹で足元が見えず、また身体が思うように動かないことから転倒などの危険があります。必ず誰かに先導してもらい、一緒に行動するようにしましょう。

3.避難生活
 避難所などで生活することになった場合、まず自分が妊産婦であることをしっかり伝えましょう。妊娠初期ではお腹が目立たず周囲から気づかれないため、一般人と同様に扱われることにもなりかねません。なかなか遠慮して自分で言い出せないことも多いので、家族や気付いた人が周囲に知らせてあげるようにしましょう。マタニティーマークがあれば分かるところにつけて、妊婦であることをアピールすることも一つの方法です。

1)妊産婦特有の注意すべき兆候
下記の症状があれば、すぐ病院を受診しましょう。自分で受診ができない場合は、避難所の責任者、医療関係者に受診の手配を依頼しましょう。
a.妊娠初期
・つわりにより食事が全く取れない、または頻回に嘔吐を繰り返す
・おなかが痛み、腟からの出血を伴う
b.妊娠22週以降
・胎動が減少する、特に1時間以上胎動がみられない
・規則的にお腹が張る、腹痛を伴う(1時間に6回以上または10分ごと)
・腟からの出血がある
・破水(腟から水が流れ出る)
・妊娠高血圧症候群を疑う症状がある 
 頭痛がする 
 目の前がチカチカする(火花、星が散ったように見える)
 検査できるようであれば血圧の上昇や尿蛋白の有無をみてもらいましょう
 これらの症状がみられる場合、特に妊娠35週以前であれば、かかりつけの産婦人科診療所などでは対応できずMFICU(母体胎児集中治療室)、NICU(新生児集中治療室)などで緊急治療が必要となる可能性が高いので、すぐに申し出るようにしましょう。
c.産褥期
・発熱がある
・血の塊を含む大量の悪露が出る、臭いがある
・帝王切開、腟壁裂傷で縫われた傷がひどく痛む
・乳房が赤く腫れ、硬くなって痛む
d.その他
 感染しやすい状態のため風邪、膀胱炎(排尿時痛、残尿感)、腟炎(おりものが増える、痒み、痛みがある)、痔などの症状も出やすくなります。また妊産婦は精神的にも不安定になりやすく、特に出産後は注意が必要です。不安が強くて落ち込んだり、不眠が続いて症状が悪化していく場合は医療機関などに相談しましょう。周囲の方も妊産婦はこのような産褥精神障害などを起こしうることを意識して早く気付いてあげることが重要です。

2)日常生活での妊産婦への対応
a.食事
 できるだけ栄養が偏らない食事を確保するようにしましょう。塩分が濃いものは残し、繊維質の多いものを取るように心がけましょう。どうしても偏った食事になる場合は、サプリメントなどの栄養補助食品も有効です。くれぐれもお菓子を食事代わりにしないように。
b.運動
 お腹が張るといった症状などがなければ、適度な運動を心がけるようにしましょう。
c.休養
 安静が取りやすい環境を作ることが重要です。避難所にあっては、なかなか言い出せない場合もありますが、一時的に個室を借りて休むだけでもずいぶん違います。
 止むを得ず車中泊をする場合は、今回の熊本地震でも問題となったエコノミークラス症候群に注意が必要です。特に妊婦は血栓ができやすい状態にあります。足を動かす、水分を取る、眠る時に足を高くして休むなどの対策は必ず行いましょう。
d.授乳
 災害時には一時的に母乳が減ることがありますが、母乳育児中であれば、できるだけ母乳哺育を続けましょう。母乳は物資が不足する中で、赤ちゃんに十分な栄養を与えられるだけでなく、感染(下痢や呼吸器感染など)を防ぐ免疫力もつけてくれます。また授乳することで、お母さんや赤ちゃんの精神的ストレスを和らげてくれます。やむなく人工乳をあげる場合は、衛生的な水を使用することはもちろんですが、硬水は赤ちゃんの腎臓に負担をかけたり消化不良を起こす可能性あるため避けましょう。清潔な哺乳瓶、人工乳首を準備できない場合は、清潔な紙コップを代用する方法もあります。
e.その他
 被災地から遠方に避難された場合、母子手帳がなかったり、住民票を異動していなくても避難先で母子保健サービス(母子健康手帳の交付、妊婦健診、産後の家庭訪問、乳児健診、定期予防接種)を受けられるように近年の災害時は対応されるようになりました。避難先の自治体窓口などで相談してみましょう。