甲状腺の病気

江本内科   
院長 江本政広


【はじめに】
 甲状腺(こうじょうせん)の病気は、バセドウ病と橋本病がよく知られています。しかし、病気の名前を知っていても、病気の実態についてはあまり知られていません。一方で、日本人のおよそ790万人に何らかの甲状腺異常が発見されます。隠れた国民病ともいえます。甲状腺疾患の症状は多岐にわたるため、他の病気と間違われ、適正に治療されないことも稀ではありません。本稿では甲状腺とホルモンの基本を説明します。


とホルモン】
 「甲状腺」とは、首の前面に存在する臓器の名称です。首の左右にあり各々親指2本分の大きさがあります(図1)。首の太い筋肉の裏側に隠れて存在するため、通常甲状腺の存在を目で確認し手で触ることは困難です。病気になり腫れてくると分かりますが、慣れが必要です。

 甲状腺の働きは、甲状腺ホルモンを産生し、貯蔵し、必要に応じて分泌(血液中に放出)することです。分泌された甲状腺ホルモンは、血液に溶けて全身に送られ、ほぼすべての細胞が受け取り、新陳代謝を正常に保つ作用があります。具体的には、脳神経や骨の発達を促し、また糖質・タンパク質・脂質を分解しエネルギーを作り出し代謝を活性化し、体温を適正に保ちます。生命維持に欠かせないホルモンですから厳重にコントロールされていますが、病的にホルモンが過剰になった状態を甲状腺機能亢進症(中毒症)といい、バセドウ病が代表疾患です。逆に、ホルモンが不足した病態を甲状腺機能低下症といい代表疾患は橋本病です。

【バセドウ病】
 甲状腺機能亢進症(中毒症)の代表的病気はバセドウ病です。ドイツのバセドウ先生が1840年に症例報告したことより命名されました。女性に多く、好発年齢は20〜50歳です。バセドウ病の原因は、自己免疫の異常です。免疫を担当するリンパ球が甲状腺細胞を刺激する自己抗体(TRAb)を産生し、甲状腺ホルモンを過剰に産生・分泌させます。その結果、甲状腺ホルモンの過剰症(中毒症)を生じます(図2)。遺伝的な素因に加えて、ウイルス感染症や妊娠・出産、ストレス後に発症することが知られています。腫れた甲状腺に気付けば診断に苦慮しないが、ホルモン過剰による全身症状は多岐に渡るため、精神病・更年期障害・心臓病と誤診されることがあります。典型的症状は、動悸(心拍数の増加)、体重減少、指の震え、暑がり、汗かきなどです。その他、疲れやすい、軟便・下痢、筋力低下、精神的なイライラや落ち着きのなさ、女性では生理が止まることがあります。2〜3割の患者さんでは、眼球が突出して目が完全に閉じないなど眼の症状を伴います(バセドウ病眼症)。
 診断は、特徴的な症状・血液検査(ホルモンの過剰と自己抗体の証明)・超音波(エコー)検査で行います。破壊性甲状腺炎などの類似疾患を鑑別するためには、ある程度の経験(勘)が必要です。最重症者では、心不全や致死的不整脈を合併することがあります。
 治療は、内服薬・外科手術・放射性ヨウ素治療(アイソトープ治療)から選びます。通常は、抗甲状腺薬の内服で治療を開始します。甲状腺ホルモンを合成する酵素の働きを抑える働きがありますが、副作用が出現し易いので注意します。稀に胎児奇形を生じることがあり、妊娠可能な婦人は担当医とよく相談して下さい。内服薬で改善しない場合、外科治療か放射性ヨウ素治療を考慮します。詳細は省略しますが、何れも専門的知識と経験が必要な治療です。根本原因が自己免疫であることから、落ち着いて根気よく治療を継続することがなにより大切です。コントロール不良のバセドウ病は、健康寿命を短縮させるとの報告もあり、内分泌専門医のもとで治療を開始されることをお勧めします。


【橋本病】
 橋本病は、別名を「慢性甲状腺炎」と言います。細菌性やウイルス性の炎症とは違って、遺伝的素因を背景にゆっくりと静かに進行する自己免疫性の炎症です。結果、甲状腺細胞は破壊され、甲状腺ホルモンの分泌量が減少します(図3)。この病理所見を1912年に報告した九州大学の橋本策先生の名前から橋本病と命名されました。甲状腺ホルモンが低下すると、徐脈、無気力、疲れやすさ、全身のむくみ、寒がり、体重増加、便秘、かすれ声などが生じます。女性では月経不順・月経過多になることがあります。甲状腺の腫れに気づかない場合、うつ病や認知症と誤診されることがあります。
 診断は、症状・甲状腺の腫れ・血液検査(甲状腺ホルモン低値、抗Tg抗体や抗TPO抗体などの自己抗体の証明)と超音波検査用いて行います。慣れれば、診断は困難ではありません。甲状腺に悪性腫瘍が合併することがあり、超音波検査は必修です。
治療は、不足した量の甲状腺ホルモンを内服薬として補充し、ホルモン値を正常化します。一生継続する必要があります。薬剤の副作用を経験することはほとんどなく、数値が落ち着いた後はかかり付け医での継続加療も可能です。注意点としては、患者の95%は女性で妊娠・出産する年齢でよく診断されるため、妊娠を希望する婦人は専門医のもと厳格な治療が望まれます。甲状腺ホルモンの低下が極僅かであっても、不妊症や流産・早産、さらには妊娠高血圧症候群のリスクが高まるためです。


【甲状腺疾患の養生法】
 甲状腺の病気は、手術などを除けば、自宅養生が基本です。診断が正しく、適正に治療が開始されれば、半年以内には症状は改善し、支障なく暮らしていけます。しかし、症状が落ち着くと飲み忘れや、治療を自己中断する方が増えます。特にバセドウ病では、自己中断を機に甲状腺中毒症が悪化し命に関わる事態も経験します。根気よく、治療を継続することが何より大切です。また、精神的なストレスと喫煙は甲状腺の病態を悪化させます。ストレスは溜めこまず、タバコは控えるなど基本的な養生法を心がけてください。 食事については、ヨウ素を多く含む食品を摂りすぎないことも大切です。昆布(だし汁を含む)の摂取量を減らしていただくだけでも効果があります。
 本特集が、自分の病気を正しく理解し、前向きに治療に取り組んでいただくための一助となれば幸いです。