宇部市医師会だより


混合診療禁止に法的根拠はあるのか?

 健康保険に基づき保険が適応される診療に、適応されない自由診療を加えて受けると、保険診療まで含めて医療費が全額自己負担となるのはおかしいのではないかとして、がん患者が訴えた訴訟で、東京地裁は11月7日、男性勝訴の判決を言い渡しました。
 患者さんは腎臓がん治療のため、保険適用のインタ-フェロン治療に加えて、適用対象外の*活性化自己リンパ球移入療法を併用したため全額自己負担とされていました。
 従来の国の考え方は、保険診療でインタ-フェロン治療のみを受ければ、本来3割負担 ですむところを、自由診療の活性化自己リンパ球移入療法を受ければ、全額自己負担という扱いにするというものです。
 これに対して患者さんは「本来なら保険の対象となる治療費まで全額自己負担になる国の制度はおかしい」と国を相手どって提訴しました。国は、保険医は特殊な療法または新しい療法などについては、厚生労働大臣の定めたもの他は行なってはならないという規則にのっとり、保険診療と自由診療を併用する混合診療を原則禁止しています。しかし、裁判長はこの政策を「法的根拠はない」として違憲とする初めての判断を示し、男性に自由診療以外の診療に対して保険が適用される権利があり、全額自己負担には根拠がないと認めました。
 もともと混合診療をめぐっては、小泉政権下で政府の規制緩和策の重要課題に浮上していました。日本経団連などは「新しい技術の医療が受けられる」ことや、解禁を求めるがん患者らの声などを背景に全面解禁を要求しました。
 これに対し、厚労省や日本医師会は新しい医療技術等は自己負担でという流れができますと、「金があるなしで受けられる医療に格差が生じ、国民皆保険の崩壊につながりかねない」などとして反論。議論は政府の規制改革会議などで、2年間にわたりました。最終的には2004年12月、政府は無条件の解禁にはせず、海外では承認されているものの国内では未承認のため保険が適用されない抗がん剤などを混合診療の対象に拡大し、実質混合診療の条件つき一部解禁を行なった経緯がありました。
 毎年増え続ける医療費の抑制に頭を悩ます政府としては、司法のお墨付きがあった混合診療の解禁について再度検討に入るのでないかと推測されます。混合診療が全面解禁されますと、治療の選択肢が増えてとても良いことずくめのようにみえるのですが、私たち医師は患者さんに否応なく言わなくてはならないことになるでしょう。「保険診療でできる治療はここまでです。残りの治療は自由診療になりますが、どうしますか?」と。つまり命や健康が金次第になるかも知れません。だから混合診療を認めてはならないと、わたしたちは考えるのです。
 医療費抑制および経済活性化の切り札と目されている混合診療の全面解禁は、財務省、経済界およびアメリカが待ち望んでいるものなのです。再び俎上にあがるタイミングを見計らっているに違いありません。
 今回判決で法律の不備を指摘された以上は、国は混合診療の禁止を法律で明示すべきでしょう。今後の展開を見守っていきたいと思います。

注* 活性化自己リンパ球移入療法:患者さんの血液中にあるリンパ球を分離して、培養・活性化し、体内にもどし、癌を攻撃させる治療。

(宇部日報 平成19年12月14日 掲載)