第9回光市医師会学術講演会

 日 時:平成22年7月27日(火)19:00〜
 場 所:光商工会館2階 大会議室

  【製品紹介】
     『ネシーナ錠について』     武田薬品工業株式会社

  【講演会】
     「糖尿病薬物療法の新しい展開
                〜インクレチンへの期待〜」

       川崎医科大学内科学(内分泌・糖尿病)
              講師  柱本 満先生


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 今日はインクレチン製剤について川崎医科大学の糖尿病・代謝・内分泌内科学教室講師、柱本満先生にお話しいただきました。
 先ずは一般的な糖尿病の話。十分な食事・運動療法を行い、生活習慣を改善することが重要である。2〜4ヶ月行っても改善が得られない場合、薬物療法により改善を図るべきである。絶対的インスリン適応というのがある。1型糖尿病、糖尿病合併妊娠、口渇・多飲・多尿・体重減少を伴う高度な高血糖、感染症、外科手術など。そして、薬物の選択はその特性や副作用を考慮に入れながら個々の患者の状況に応じて行う。

 病態にあわせた経口血糖降下薬の図が示してある。その病態とは過剰な糖負荷の状態が長い間続いた場合、それに見合うインスリンの分泌がかなわない場合、または、インスリン抵抗性が増大した場合。経口薬剤としては血糖改善薬、分泌促進薬、抵抗性改善薬がある。
 最近、糖尿病治療薬として画期的な薬剤、インクレチン製剤が使われるようになったので紹介する。インクレチンとは消化管ホルモンの総称である。食後には血糖を低下させるホルモンのインスリンが膵臓から分泌されるが、糖を経口投与すると経静脈投与時よりも大きなインスリン作用が現れること(インクレチン効果)が明らかになり、このことがインクレチンの概念の元となっている。現在「インクレチン」と総称されている因子の中で、重要な役割を持つものにGLP-1(glucagon-like peptide-1)とGIP(glucose-dependent insulinotropic polypeptide)がある。前者は小腸下部のL細胞から分泌され、後者は脂肪が刺激になって十二指腸のK細胞から分泌される。GLP-1は胃の内容物排出速度を遅らせ、満腹感を助長することで食欲を抑制したり、食後の急峻な血糖上昇を抑制したりする作用がある。両者ともにDPP-4で分解されるので、その阻害薬はインクレチンを増加させる。



 グルコースによる膵β細胞インスリン分泌機構の図を下に示す。糖がβ細胞内に取り込まれるとミトコンドリアによってATPが増産され、SU受容体のATP感受性Kチャンネルが閉鎖され、細胞膜の脱分極が起こる。それが伝わって電位依存性Caチャンネルが開口され細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇、それによりインスリン分泌顆粒が細胞膜に開口してインスリンが血中に放出される。SU剤の作用機序はそのSU受容体に結合することにより常時インスリン分泌を促すことによっている。



 次にインクレチンの一つであるGLP-1の作用機序を説明する。GLP-1は膵β細胞のGLP-1(G蛋白共役受容体)と結合しATPからcAMPを上昇させ、PKA(Protein kinase A)の作用によりインスリン開口分泌が為される。この際、PKAの上昇はCaイオンの感受性を増強させインスリン開口分泌を増幅させる作用がある。以上がGLP-1のインスリン分泌機序である。
 インクレチン受容体は体内のあらゆる臓器に分布していて、いろんな働きを持っている。GLP-1受容体は膵ランゲルハンス島以外にも肺、脳、肝臓、横紋筋、腎臓などにあり、GIP受容体は膵ラ島以外に胃、十二指腸、脂肪組織、副腎、脳、脳下垂体などに分布していて、それぞれに作用している。ところがそのインクレチンは全身で迅速に分解されることが分かっていて、その半減期は数分である。最近発売されたDPP-4(dipeptidyl peptidase-4)阻害薬はGLP-1とGIPの両方の不活化を抑えることによりインクレチンの活性期間を延ばし、その作用を上昇させる。すなわち脳に作用して食欲を抑え、胃に作用して胃からの流出を抑制して、糖質吸収速度を抑える。DDP-4の切断部位は特定されていて、アメリカオオトカゲの唾液から分離されたexendin-4を合成し、DPP-4で分解されないGLP-1が発見されることによりその研究が飛躍的に進展した。



 また、GLP-1は膵β細胞の増殖、成長(細胞容積増加)を促進することが分かっている。正常のラ氏島を組織で見るとインスリンを分泌するβ細胞(B細胞)はその中心からびっしり埋め尽くされ、グルカゴンを分泌するα細胞(A細胞)はその最外層の一層で取り囲まれている。糖尿病で疲弊してくるとβ細胞は破壊され、その容積も減少してきて、グルカゴン細胞が内側に増えてくる。GLP-1の作用を研究するためにノックアウトマウスを用いて糖尿病病態におけるラ氏島の変化について調査したところ、GLP-1を用いることによりβ細胞の容積が増加しその配列も改善される傾向にあることが分かった。これを膵臓の保護作用と称する。
 最近発売されたインクレチン製剤の3つ(「ネシーナ錠」(アログリプチン)、「エクア」(ビルダグリプチン、シタグリプチン(「ジャヌビア錠」「グラクティブ錠」))についてDPP-4特異性について調査したところアログリプチンがDPP-4に特異性が高いことが分かった。



 アルファグルコシダーゼ阻害薬(α-GI)とDPP-4併用について。アログリプチンは唯一その併用の適用がある。α-GIの投与によってGLP-1分泌は増加するというのは、α-GIは糖の分解を阻害し、糖分はそのまま小腸下部に到達し、L細胞を刺戟してGLP-1分泌が増加するという筋の通った説明がある。従って、その併用はむしろ相乗作用で効果が増すことになり、理にかなっている。
 最後に最も注意すべきことはSU剤との併用である。それにより重篤な低血糖を惹起する恐れがある。特に高齢者、腎機能の低下している患者、前もってSU剤を大量に投与している患者にはその危険がある。低血糖は思ったより早期に起こり、全く予期せぬ形で遭遇する。インクレチン製剤投与後2〜3日で起こり1週間以内である。そしてそれ以後はイベントはあまりない。特異な病態である。自験例を2例示す。