第13回光市医師会学術講演会
日時:平成22年10月26日(火)19:00〜
場所:光商工会館2階 大会議室
【製品紹介】19:00〜19:15
「ミカムロ錠について」 アステラス製薬(株)
【特別講演】19:15〜20:15
「JSH2009におけるARBの役割
−テルミサルタンの秘めたる可能性−」
演者 九州大学大学院医学研究院循環器内科学
先端心血管治療学講座 助教 岸拓弥 先生
今回は九州大学循環器内科の先生で、循環器における神経・血管・内分泌に関して数々のすぐれた論文を世界に発信しておられる、新進気鋭の先生をお招き致しました。今年の初旬に改訂されたJSH2009(日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン2009)から入って、ARB降圧剤の最近の知見、さらに高血圧の根源的病態について先見的な説をお話していただきました。
日本でアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)が発売されたのは1998年、欧米では97年で、すでに13年が過ぎました。ARB製剤の種類も増えて、高血圧治療ガイドラインも3代目になりました。そろそろここらあたりでARB製剤を見直す必要がありそうです。
2009ガイドラインではARBが前面に押し出され、カルシウム拮抗剤がやや後退の感があります。また、主要降圧薬の中からα遮断剤が姿を消しました。この中で未だにACE阻害薬とARBを区別して扱っていないのは納得しづらい事柄です。臨床的に両者に有意差がないといわれるが本当だろうか?ONTARGET試験でARBのテルミサルタンとACE阻害薬のラミプリルで心血管保護効果を比較した研究がありますが、ラミプリルは日本で使えないし、ミカルディスの量は80mgとかなり多め、設定自体に日本の実情に合わない面があります。ACE阻害薬とARBの使い分けについてこれからどのように言及されていくか今後の進展に注目したいと思います。
ARB治療薬は降圧効果が少ないというのは本当で、特に塩分摂取量の多い日本人はレニン・アンギオテンシン系が活性化されていないために、ARBの効果が薄いと考えられます。だからARB製剤+利尿剤という選択は日本人にはありかもしれません。また、何はともあれ血圧を下げたければARB製剤+カルシウム拮抗剤という組み合わせもいいでしょう。いずれにしても血圧の治療の第一目標は血圧を下げることであり、血圧の下がらない治療は存在しません。だからARB製剤に利尿剤やカルシウム拮抗剤を併用することは理に適っており、合剤が出現するのもその流れの一環です。
さて、本日のメインテーマは「循環器疾患は脳の病気である」という命題についてです。なぜそのように考えられるのかと言いますと、
1.心臓移植をするとびっくりするほど動脈硬化が進みます。移植するときに神経が全て遮断されるためじゃないかと考えられます。
2.左心補助装置は拍動流?定常流? 定常流は動脈硬化が進みます。なぜなんでしょう? 血管にある圧受容器による脳への入力がないからじゃないでしょうか?
3.腎周囲の交感神経を遮断すると血圧が下がります。高血圧ラットも正常血圧ラットも、交感神経節遮断薬を使うと血圧が一緒の正常血圧になるのは、高血圧が交感神経活動亢進と関係していることを伺わせます。
さらに交感神経活動亢進は高血圧だけでなく、心不全やメタボ、糖尿病、臓器障害、動脈硬化を惹起していて、諸悪の根源であるといえます。血圧を制御する循環中枢は脳幹部の頭側延髄腹外側野(RVLM)に存在することが分かっています。交感神経を司る脳の中枢はRVLMというところにあり、インプットは動脈圧受容器、アウトプットは延髄・神経節を通して血管の収縮を起こさせます。
脳卒中易発症性自然発症高血圧ラット(SHRSP)と正常血圧ラット(WKY)を用いた私たちの実験で、RVLM内のTBARSレベル(酸化ストレスの一指標)と尿中カテコールアミン排泄量を測定してみますと、SHRSPで両方高い水準にありました。MnSOD(Manganese Superoxide Dismutase 活性酸素を不活化する酵素)発現はSHRSPのRVLMで減少しており、MnSOD遺伝子導入後10日で、WKYと同程度まで有意に増加しました。TBARSレベルはSHRSPのRVLMへのMnSOD遺伝子導入群で有意に低下し、遺伝子導入後10日における血圧・心拍数はMnSOD遺伝子導入SHRSP群で有意に低下したがWKYでは変化しませんでした。尿中カテコールアミン排泄量はSHRSPでWKYに比べて有意に高く、MnSOD遺伝子導入後低下しました。WKYでは変化は認められませんでした。以上の成績は、RVLM内酸化ストレス増加がSHRSPの高血圧における中枢性機序に関与していることを示唆します。活性酸素産生増加を介した交感神経活動亢進がその機序として関与していることが考えられます。そして非常に微量のARB脳室内投与によってSHRSPラットのTBARSレベルが劇的に低下することが分かり、RVLM内酸化ストレスの産生源はAT1受容体であり、ARBはそれをブロックすることにより酸化ストレスの減少、さらには交感神経活動の抑制することが示唆されます。
ARB製剤の中でもテルミサルタンは他のARBよりもSHRSPラットのTBARSレベルと尿中カテコールアミン排泄量を低下させ、ラットの知能試験によって認知機能をも改善させるという実験結果を得ています。その理由はテルミサルタンが他の薬剤と違って高い脂溶性を有するためではないかと考えられます。
最後にRVLM内のアストロサイトについてお話しします。脳内には神経細胞やグリア細胞以外にアストロサイト(星状細胞)があり、数から言えば脳細胞の7割を占めます。高血圧ラットの血管運動中枢(RVLM)では神経細胞ではなくアストロサイトが減少していることが分かっています。酸化ストレスにより炎症性サイトカインが生じ、アストロサイトが減少することにより神経細胞の抑制がきかなくなった状態が、交感神経昂奮状態を持続させ高血圧が起こっているというのがSHRSPの病態と考えられます。人間でも同様で、本態性高血圧の原因が同じ所にあるというのが、それが「脳の病気」であると考える根拠です。高血圧ラット(SHRSP)の脳室から神経幹細胞を採取し、それを培養・選択的分化誘導したアストロサイトをRVLM内に注入すると、平均血圧と心拍数、尿中カテコールアミン排泄量は劇的に降下します。さらにアストロサイト自家移植はSHRSPラットの死亡率を低下させます。テルミサルタンを内服させた高血圧ラットのRVLM内アストロサイトが増加しているのは、それが本態性高血圧の根源的な原因に効果があることを示唆します。
本日のメインテーマである「循環器疾患は脳の病気である」という命題について理解いただけましたでしょうか?