最近の高血圧治療の考え方 国立下関病院循環器科医長 大谷望
日時:平成15年3月25日(火)19:15より
場所:光商工会館
高血圧は我が国において最も罹患率が高い病気です。高血圧の診断基準は随時血圧で140/90mmHg以上とされていますが、この基準を用いれば成人男性の52%,女性の40%が高血圧にあてはまります。高血圧治療の目標は高血圧の持続によって引き起こされる心血管障害の発症・進展を抑制することです。近年EBM(evidence based medicine)に基づく医療の必要性が提唱されており、高血圧治療も従来からの経験による治療でなく、エビデンスに基づくことが求められます。今回は高血圧治療において、@家庭血圧を日常診療に活用すること。AEBMから考える降圧目標値と薬剤の選択について述べたいと思います。
@家庭血圧を日常診療に活用すること。
現在日本には約3000万台の家庭自己血圧測定装置が普及しています。家庭血圧測定は糖尿病患者の自己血糖測定と同様に、血圧の自己管理や服薬コンプライアンスの改善に役立つと考えられます。家庭血圧は1日2回の測定でも月に約60回の血圧情報を得ることができるため、早朝高血圧の検出などに有用です。家庭血圧での高血圧診断基準は135/85mmHg以上であり、これを越える場合は高血圧の治療が必要といわれています。また家庭血圧の測定は白衣高血圧(家庭血圧は正常で診療所での随時血圧のみ高血圧を呈する現象)の鑑別にも有用です。高血圧患者の予後は診療所での随時血圧よりも夜間血圧によく相関することより、夜間血圧に近い家庭での早朝血圧を診断や治療に利用しない手はありません。高血圧治療をするうえで、診療所での随時血圧だけでなく家庭血圧も参考にすれば、より多くの血圧情報を得られることとなり、高血圧診療の質の向上が期待できます。
AEBMから考える降圧目標値と薬剤の選択
高血圧の治療目標値は130/85mmHgです。従来から、脳卒中既往のある高血圧症患者に対してあるレベル以上の降圧はかえって脳卒中再発率を増加させる、いわゆる「Jカーブ」の存在が考えられていました。しかし最近の大規模臨床試験の結果ではこのような「Jカーブ仮説」は否定されています。Framingham試験でも血圧レベルと脳卒中発症との関係は直線的で、収縮期血圧が10mmHg低下すると脳卒中発症は約28%低下すると報告されています。脳卒中の再発予防のためには、血圧はthe lower, the betterといわれています。PROGRESS試験でも降圧により脳卒中再発が23%減少することが報告されており、脳卒中合併高血圧においては充分な降圧こそが再発を予防しうることが示されました。脳卒中合併高血圧例の降圧治療において大切なことは、ゆっくりと、しかし厳格に降圧することです。
また最近では臓器保護を目標とした高血圧治療の必要性が提唱されています。糖尿病を合併した高血圧患者の第一選択薬として、腎保護作用のあるACE阻害薬やAT-U受容体拮抗薬が推奨されるのもそのためです。そこで降圧薬の種類が予後に影響するかを検証するためにおこなわれたのがALLHAT試験です。これは降圧薬として利尿薬,Ca拮抗薬,ACE阻害薬を選択し、各薬剤群間で予後に有意差が出るかを7年間にわたって追跡調査したものです。その結果「予後は降圧のレベルにのみ依存し、降圧薬の種類には関係なかった。」と報告されています。ALLHAT試験の解釈については諸先生がコメントを述べられており、これからの細かいサブ解析の報告が待たれるところでが、現在のところ我々がALLHAT試験結果から得たメッセージは「高血圧の治療で重要なことは充分に降圧することであり、それは降圧剤の選択よりも大切である」ということだと考えます。