記者会見「医療機関の経営危機について」

     日 時 令和7年8月28日(木)14:00~14:50
     場 所 山口県医師会6階 会議室

加藤会長挨拶 本日は猛暑の中、お集まりいただき感謝申し上げる。今年度2回目となる記者会見は、非常に重いテーマであるが、県民や国民の皆様に知っていただかければ、取り返しのつかないような状況になるかもしれないので、避けて通れない話題だと思っている。今のままでは、ある日突然、地域の病院や診療所がなくなってしまうかもしれない危機的な状況を、県民の皆様と共有し、どうしたら良いかを考えていただき、今後の医療政策につなげていかなければならないと思い、このテーマを選んだ。
 今までの医療政策は、デフレ下でのみで成り立つような政策で、今のようにインフレが進行していけば、収入のほとんどが公定価格である診療報酬では、病院等の医療機関の経営が成り立たないのは明らかである。また、皆様が医療機関に持っているイメージと現場の医療機関の状況は乖離があると思っている。この件について後ほど説明し、その後に十分な時間を取って議論していきたい。その中で、いろいろな見地から建設的な意見を出していただき、今後の医療政策に反映できるようにしていきたいと思っている。

山口県病院協会 神徳会長挨拶 本日はご多忙の中、山口県医師会主催の記者会見にお集まりいただき、感謝申し上げる。山口県病院協会の会長として一言挨拶させていただく。
 加藤会長の挨拶にもあったように、今、われわれ医療現場はまさに危機的な状況に直面している。地域の皆様の健康と命を守るという使命を全うするため、日々努力を重ねているが、厳しい経営環境の中で、その努力が報われにくい現状がある。山口県医師会による調査結果からも明らかなように、全国のみならず、この山口県内でも多くの医療機関が経営の苦境を訴えている。その要因は多岐にわたるが、診療報酬改定の影響は無視できない。令和6年の改定では、入院基本料や医療費本体の平均改定率はプラス0.7%に留まった。一見プラス改定のように見えるが、周知のように消費者物価指数は3%を超え上昇している。医療材料費や光熱費の高騰も加われば、実質的には大幅なマイナス改定と言わざるを得ない。また、人件費の高騰も深刻で、特に若手医師の確保はますます困難になっており、看護師等の人材確保のための費用負担も増加の一途を辿っている。加えて、新型コロナウイルス感染症への対応で疲弊した医療現場において、人員配置の柔軟化や業務効率化への対応も喫緊の課題である。こうした状況は医療の質の低下、ひいては県民の皆様の健康への脅威に繋がる。医療は経済活動の基盤となる国民の健康を支える重要な社会インフラである。そのインフラが危機に瀕している現状を私達は深く憂慮している。山口県においても高齢化の進展は元より、医療ニーズの多様化、高度化は進んでいる。医療機関はこうした変化に対応しながら、質の高い医療を提供し続けなければならない。しかし、現状のままでは、この責任を果たすことが困難になるとという危機感を強く抱いている。
 本日の記者会見では山口県医師会による調査結果をもとに、医療機関の経営危機の現状、原因、そして今後の対応について共有させていただく。この問題について県民の皆様、そして行政、関係各位に現状を正しく理解いただき、ともに解決策を探っていくことが必要不可欠である。私たち山口県病院協会としても、この課題を皆様と共有し、ともに未来を築くための努力を重ねていく。地域の医療が安定的に続くことは、県内の各市町村、そして山口県全体の活力、ひいては苦しい状況が続く日本の経済社会を再び誇れるものにするため、必要不可欠なものと考えている。
 本日の機会を通じて関係者の皆様に引き続きさらなるご理解とご協力をお願いするとともに、今後とも私共医療機関関係者と頻繁に情報交換をしていただくようお願い申し上げる。

概要説明「医療機関の経営危機について」(加藤会長)

 本日は1.医療機関の経営危機の現状について、2.なぜ経営危機が生じたのか、3.どうしたらいいのか、4.県民の皆様へのお願い、という4点で説明をさせていただく。
1.医療機関の経営危機の現状
 今年の報道による病院経営危機の状況をお示しする。m3.comの報道によると、2024年度の医業収益の見込みは、日赤(全国で91病院)は457億円の赤字、済生会病院(同81病院)は216億円の赤字、JA厚生連(同100病院)は149億円の赤字である。NHKの報道によると、築40年以上の病院数は、調査した6,000余りの病院の27%で、そのうち半数以上の834病院は救急病院である。経営状態が悪くて建て替えられない。今年の医療機関の倒産件数も過去最多ペースと報道されている。さらに、国立大学病院も285億円の赤字、JCHOも赤字削減に取り組んだが59億円の赤字、国立病院機構(140病院)も375億円の赤字、労災病院(29病院)も114億円の赤字となっている。今の診療報酬体系では、普通に医療を提供していても医療が成り立たないことをよく示している。この状態が続けば、地域の病院がいつ閉鎖に追い込まれても不思議ではない。
 厚生労働省が出している、病院・診療所の経営利益率を示した表をみると、令和5年度は病院も無床診療所も有床診療所も最頻値はわずかにプラスで、0から1%となっている。令和6年度は推定値だが、病院も無床診療所も有床診療所も利益率の最頻値は全てマイナスになっている。したがって、設備投資ができない状態になっていることがご理解いただけると思う。
 ここまでは全国の状況だが、山口県内の状況はどうか。本年の6月27日から8月12日までのアンケート調査で得た、山口県内の医療機関の状況を説明する。令和5年から7年の4月から6月までの収支をみると、200床以上の病院では3年間で収入はわずかに増えているが、支出も増えており、6月はボーナス月のために1億円前後の赤字になっている。ボーナス月以外の月で黒字にしておかなければならないが、令和6年4月は単月でも赤字になっており、年間を通してみると大きな赤字となる。200床未満の病院でも、6月の収支差が年を追うごとに悪化しているのがわかった。無床診療所では、令和6年と7年の4月で赤字になっており、収入はどの月も減っている。こういう状況では、人を雇ったり、設備投資したりすることができない。経営の状況感(景況感)は、どの規模の施設でも悪いと感じており、200床以上では69%、200床未満では80%、無床診療所では76%が「悪い」又は「やや悪い」を選択した。3年前と比較し、経営が「悪化した」又は「やや悪くなった」と回答したのは、200床以上では82%、200床未満では76%、無床診療所では83%であった。高齢の開業医も増えてきているので、このような状況では事業を承継する医師も現れないのではないかと危惧される。

2.なぜ経営危機が生じたのか

 なぜ、医療機関の経営危機が生じたのか。まず、診療報酬が十分でない点が挙げられる。善意で成り立っている部分が、十分に評価されていないと感じる。丁寧に時間をかけた説明は評価されない。診療材料で患者さんのために良いものを使っても評価されない。また、評価が低すぎることが多々ある。診療報酬は公定価格なので、物価賃金上昇に対応できていない。その結果、治療薬や材料費、委託費などが上がっても勝手に上げることができず、赤字になってしまう。医療本体は統制経済だが、周辺は資本主義の原理で動いているので、製薬メーカーや医療機器メーカーも赤字になってまでも薬剤や医療機器を納入するはずはなく、現場は患者さんのためになることを選択して赤字になる。令和5年5月まではコロナの補助金があり、医療本体の赤字は見えてこなかったが、補助金が無くなり、赤字が顕在化した。人口減少局面なので、患者数が減っても病床数や職員の削減はすぐにはできない。高額な医療を提供している急性期病院ほど消費税の負担は重くのしかかる。
 診療報酬に関しては、2014年に外保連(外科系学会社会保険委員会連合)が論文として出しており、実際に掛かった経費の係数が0.3784となっており、実際の診療報酬は4割程度しか認められていないことになる。実際に心臓マッサージを約30分行っても、診療報酬は2,500円である。また、胃腸炎を例にとると初診料は日本では2,910円だがイギリスでは12,200円、ドイツでは37,000円と、5倍から13倍の差がある。橈骨遠位端の骨折の治療でもバンコクよりも日本の方が安い状況である。それから、腹腔鏡下胆嚢摘出術の診療報酬の推移を見ると、2000年は224,000円、2008年は203,000円に落ちて、2024年に少し上がって215,000円となっている。古いデータでは、アメリカと比較した場合、日本だと治療費全体で63万円程度だが、アメリカだと150万円で2.5倍程度の差が生じていた。今では、恐らく5倍以上の差があるのではないかと思う。
 診療報酬が実際と乖離しており、ロボット手術はほとんど赤字である。前立腺癌の治療に関しては100例程度の手術数があれば黒字化は可能だが、他の手術は病院の持ち出しになっている。また、電子カルテの導入は医療機関の規模によって違うが、300床規模の病院でも10億近くかかる。縫合糸などは保険請求できないが、以前は皮下の縫合と皮膚縫合に絹糸を使っていたが、今はほとんどの施設で吸収糸を使っている。絹糸と吸収糸では4倍程度の価格差があるが、すべて病院の持ち出しである。医療者としては、患者さんに良いものを使おうとしているが、診療報酬上は全く評価されない。なお、これにより、縫合糸膿瘍という合併症がほとんどなくなった。また、超音波凝固切開装置という便利な機械があるが、診療報酬は3万円だが定価は8~10万円で、持ち出しになっている。保険請求で請求できないようなディスポ製品もたくさんある。それを再生利用しようという動きもあるが、調べてみると病院にとって持ち出しになることがあるので、再生利用できない状況である。また、医薬品もほとんど利益になっておらず、在庫管理も考えるとほとんど赤字になっている。
 それから、消費税の問題がある。古いデータでは、消費税が10%の時でみると、控除対象外消費税の負担は5%程度だったが、今は物価も上昇しているため、恐らく6%程度に上がっているのではないかと思っている。医療は非課税扱いなので軽減税率は全く適用されていないが、イギリスやスウェーデンでは、医薬品にかかる消費税は0になっており、軽減税率を導入している諸外国も多くある。日本でも軽減税率を医療に導入した方が良いのではないかと思っている。

3.どうしたらいいか
 これは私の考えであるが、医療の財源を確保することが必須である。医療を継続していくためには、冒頭に示したように財源を確保しないと経営が成り立たないので、経済成長を促して、保険収入を増やすのが一番の方法だと思うが、昔のように高成長率は望めないので、診療報酬を上げて、応能負担を徹底するのが現実的な話ではないかと思う。それから、高額な医薬品や機器には軽減税率を導入する。そして、必要な病院や診療所の建て替えには、公費を導入する。こういったことが考えられる。

4.県民の皆様へお願い
 県民の皆様へのお願いである。医療費が高額にならないように、がん検診や特定健診を受けて、早期発見・早期治療につなげていただきたい。そのためには、かかりつけ医を持っていただきたい。また、時間外診療になるとその分高額になり、また、病院によっては専門外の患者さんを当直医が診なければならない場合もある。また、検査技師や放射線技師が必ずしも揃っているわけではないので、なるべく夜間の診療よりも日勤帯での診療をお願いいたしたい。
 わが国の医療を持続可能にするために、ぜひご協力をお願いしたい。

質疑応答

質問 県内医療機関に対するアンケートで、令和5年~令和7年の3年間とした理由は何か。
加藤会長 直近の3年間である。特にインフレになる前と、コロナの補助金がある前後で比較するためである。年々、酷い状況になっていることが分かるのではないかと思う。令和5年5月まではコロナの補助金があったが、それ以降は補助金がない。途中まで補助金があった令和5年と令和6年では明らかに違っており、また、その間に賃金、物価上昇が続いている。しかし、医療は公定価格なので、物価や賃金が上昇しても、勝手に上げるわけにはいかない。こうした状況を理解いただくために、こういうデータをお示しした。

質問 公立病院には県や市から運営費の補助がある。さらに、病院を建て替える場合も、ある程度の公金の投入が可能である。山口県立総合医療センターの建て替えが計画されているが、公立の病院が公金による病床数の拡大などについて、民業圧迫ではないが、マイナスの面が生じる恐れなど、どのように感じておられるか。
加藤会長 公立病院は補助金があるから、なんとかやっていけている状況である。一方、補助金がないところは、ボーナスを削るなどしているが、それでも赤字になる。だからもう限界である。
 先ほど、いろいろなデータをお示ししたが、日本の医療費が安すぎるのが問題である。日本は世界的に見ると、最先端の医療を等しく国民が受けることができる、非常に恵まれた国である。また、海外では簡単に医療に到達できないことがあるが、日本はフリーアクセスができ、最先端の医療が受けられる状況にある。海外のようにフリーアクセスに制限かける、又は皆保険でなく民間の保険料を払った人だけが最先端の高額な医療を受けられる、そういうことを国民が望んでいるかどうかは別として、そうしなければ、今の医療費のままでは持たない。診療報酬改定のたびに医薬品や医療材料を下げて、本体だけはプラスにしてる。令和6年の改定でもそうだったが、本体が+0.88%だったが、医薬品や医療材料分をマイナスにしてる。この状態が何年も続いている。
神徳病院協会長 公的病院には補助金が出ているが、公的病院も決して経営が良いわけではない。公的病院も、そして準公的と言われる済生会や日赤も大変大きな赤字で苦しんでいる。病院は高額な医療機器の整備や給食、掃除などを外注、委託している。この委託費に対して、委託先は全部価格転嫁してきており、契約を更新するたびに契約金は上がっている。しかし、われわれの医療費は2年に1回の改定の公定価格が決まっているので、今までなんとか絞り出してきたが、それがもうできなくなっている。2年に1回の公定価格の頻度が少ないのかもしれない。また、今まではデフレの状態で何とかこの10年頑張ってきたが、この4年、3年前からのインフレの状況になり、病院や医療機関が苦しんでいるのは、全てにそこにあると思っている。そのことをご理解いただきたい。
森理事 自治体病院に運営負担金があるのは事実である。私は急性期の病院の院長をしているが、皆さんは病院に行けば検査機器があり、そして検査がきちんと受けられるのが当たり前だと思っておられると思うが、レントゲン機器、内視鏡機器、CT、MRI、PETの機器は定期的に更新していかなければならない。これらは、入ってくるお金で全部対応しなければならないが、今はほとんど全部を吐き出している状態で、病院には内部留保は全くない。ほとんどが借入で機器を買うという状態が続いている。加藤会長が言われたように、運営負担金がなくなれば、自治体病院は崩壊している。しかし、民間病院はその前から崩壊している。私は県民、日本国民がこの状況を理解するべきだと考える。皆さんがフリーアクセスできるような医療体制が崩壊するのが、目の前に来ている。それを報道機関の方々がもう少し丁寧に、国民に示していただきたいと思う。

質問 「なぜ経営危機が生じたか」という分析は加藤会長が分析された結果なのか。それとも、アンケートにこういう回答があるのか。
加藤会長 私が常々思っていることを書かせていただいた。アンケートにも、今の診療報酬が賃金、物価上昇に、対応できていないという回答があった。
質問 実際にそういった声も上がってきているということで、医療機関の方からの切実な声として、どういったものがあるか、挙げられるものはあるか。
加藤会長 来年、診療報酬改定があるが、今の状況が続けば、ある日突然、病院あるいは診療所がなくなっても不思議ではない。
神徳病院協会長 入院基本料は2012年以降、実質的に全く上がっていない。厚生労働省は2014年の改定で25点(250円)、2020年の改定で84点(840円)上げたと言っているが、これはいずれも控除対象外消費税の補填分に充てられるだけであり、病院の直接の収入には全くなっていない。2024年の改定でベースアップ評価料が38点ついたが、これも同じ医療機関で働いてくれているスタッフのための人件費に補填することが決められているので、入院基本料はこの13年間、全く上がっていないということを理解していただきたい。山口県病院協会としては、次期の診療報酬改定で、この入院基本料を大幅にアップしていただきたいと思っている。

質問 山口県立総合医療センターは毎年20億円近い運営費負担金が県から出ており、それでも実質的に赤字に陥っている。こういう中で、病床を若干増やし、公金を投入しての建て替えが計画されている。このことについて、どのように受け止め、どのように考えておられるかをお聞きしたい。
加藤会長 県立病院は山口県に1つしかなく、山口県立総合医療センターは僻地の医療などのサポートも行っている。また、大学病院も高度救急医療を唯一担っている機関である。県内に1つしかないような機関は、サポートしていくべきである。なお、建て替えについては評価委員会があり、いろいろな立場から評価を受けている。
神徳病院協会長 県立総合医療センターも築45年経ち、内外共に非常に老朽化が激しい状況である。建て替えについては、県として十分な委員会での討議を得て、実行されることであるので、私どもとしては推移を見守りたいと思っている。

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