特集 介護保険半年の課題
不公平判定の恐れ、依然残す
 自衛策講じる地域も


 厚生福祉」 時事通信 2000年11月4日号

 利用者にどの程度の介護が必要かを決める要介護認定。1999年10月のスタート直後から、身体の元気な痴呆(ちほう)の高齢者の要介護度が低く出たり、調査項目に該当する数が多いのに要介護度が低く出る逆転現象など、一次判定ソフトの欠陥が指摘されてきた。厚生省も重い腰を上げ、見直しのための検討に着手したが、「これでは必要なサービスが提供できない」と一定の手順や基準を導入して二次判定を行う自治体も出てきた。

独自の手順導入で痴呆を救済
 福岡県飯塚市のA子さん(80)は今年7月に夫を亡くし独居になったのを機会に、認定の変更を申請した。痴呆のA子さんの心身状態に変化はなかつたが、ケアマネヤーの宇野静子さんは「このままでは、生活を維持するだけのサービスが受けられない」と考え、申請をアドバイスしたのだ。
 その結果、A子さんの要介護度は要介護1から要介護2へとアップ。現在、限度額近い月19万円台のサービスを利用しているが、宇野さんは「要介護度アップは助かるが、まだ不足。要介護3は欲しい」という。
 A子さんが、変更申請できたのは、同市が今年3月末から、独自に二次判定の「手順」を導入したため。手順では、身体的に比較的元気な痴呆の高齢者を対象に、痴呆度(痴呆性老人の日常生活自立度)と、寝たきり度(障害老人の日常生活自立度)に着目し、一次判定を見直す具体的な手法を定めている。市は、手順導入前に認定を受けた人のうち、痴呆なのに要介護度が低く出た人について、今年3月中には再申請を、4月以降は変更申請を呼び樹けており、A子さんはこれにこたえた形だ。
 対象の高齢者を詳しくみると、認定調査票と主治医意見書が、痴呆度についてともに「IIb」以上としているか、審査会が「IIb」以上と推定した場合。「手順」ではまず、寝たきり度が「自立」から「A2」と、身体的に比較的元気な場合に、各段階に応じた「要介護度」の目安表を基に、暫定的に要介護度を推定する。例えば、痴呆度がIVで、寝たきり度がNまたは1の場合は、要介護3になる。
 痴呆度と寝たきり度に応じた要介護度の目安は、厚生省が、二次判定の参考とするように提示している一覧表があるが、これはあくまでも分布を示すもの。先のケースのような痴呆度がIVで、寝たきり度がNまたは1の場合は、要介護1が20%、要介護2が40%、要介護3が30%、要介護4が10%となっている。
 暫定的な要介護度が出た後は、調査項目のうちの第七群(問題行動)での該当事項や、認定調査票の特記事項、主治医意見書などを、介護の手間の観点から改めて検証。最終的な要介護度を決定する。この際、特記事項や主治医意見書に介護の手間のかかり具合に関する記述がなくても、一次判定を変更しても構わない、としている。

合議体のバラツキ解消も
 飯塚市が、「手順」導入に踏み切った最大の理由は、痴呆の高齢者の救済にある。要介護認定の山開始から一カ月半たった99年11月、市は認定審査会の委員全員の63人を対象に、認定の課題などを探るアンケートを実施。その結果「在宅で痴呆の人の要介護度が低く出るためサービス低下の恐れがある」「痴呆に適した状態像の例がない」などの意見が多く出された。
 また、九つある合議体間で、痴呆の判定のバラツキをなくす、という目的も大きい。市は、九つのうち三つの合議体に精神科医を配置。痴呆の認定をここに集中させることで、公平な認定が可能と考えていた。しかし、予想以上に痴呆の申請者が多く、他の合議体でも審査せざるを得ない事態に。そこで「痴呆の判定について、一定の取り扱い方針を定める必要がある」(高齢福祉課)と判断した。
 手順策定に向け、市は今年1月、認定審査会の中に、精神科医や福祉関係者など7人で構成する痴呆小委員会を設置。小委が、市のデータを基にしたシミュレーションなどを経て、3月に策定した。
 小委員長として策定に中心的な役割を果たした丸野陽一医師は「厚生省が、従前認めている審査会の資料だけで、市独自というより、全国的にも通じる手順や目安を作ろうと考えた。厚生省の考え方にも随分配慮した」と話す。「手順」が、身体的に比較的元気な人、つまり寝たきり度が軽い人に限ったのは「寝たきり度が重い人は、一次判定で、それなりの要介護度が出る」(丸野医師)ためだ。
 市は先に見た通り、「手順」を正式決定すると、翌日には居宅介護支援事業者に対し、在宅の痴呆の高齢者のうち、要介護度が低くてサービス不足で困っている人がいる場合に、再申請を行うよう呼び掛けた。その結果、10件程度の再申請が出てきたという。
 また、99年10月から今年3月末までに24件あった苦情の約半数が、痴呆の人の要介護度が低いというものだったのに、手順導入後は、そうした苦情はほとんどなくなった。
 一次判定の変更率を見ると、99年10月から2000年3月までの10.0%、4月から8月までは、16.7%。変更率の上昇は、手順を導入したため、という。「当該目安を基準として、二次判定の変更を行うことは適当ではないと考える。しかしながら、二次判定の際、最初に当該目安を参考資料として審査判定することについては、容認できると考える」。
 福岡県介護保険室長の名前で今年4月14日付で出されたこの見解は「厚生省と協議して出したもの」(福岡県)。実質的に厚生省の「飯塚方式」に対する見解といえる。基準はいけないが、参考にするのは構わないと、厚生省も容認した格好だ。

山口でも独自の基準
 山口県の玖珂郡医師会も、元気な痴呆の人を対象に一次判定を補正する独自基準を策定し、8月から6町で活用している。同郡の独自基準も、対象となるのは、寝たきり度が低い痴呆の高齢者だ。
 独自基準は、認定調査の調査項目のうち第7群の「問題行動」の部分を75点に点数化。一次判定で出された介護時間に、一点を一分として上乗せするという方法。
 具体的には、第7群の調査項目19項目のうち、「介護に抵抗」や「外出して戻れない」など、介護の手間がかかりそうな項目や、場合によつては生命に危険が起きるような項目には、7点と配点が高く、逆に「作り話」や「同じ話をする」などの場合は1点とした。
 また、「ある」の場合は配点通り、「ときどきある」の場合は、配点の半分。「介護に抵抗」がときどきある場合は、3.5点となる。
 こうして算出した合計点数を、介護の手間の観点からさらに補正する。つまり、第6群の意思疎通に関する調査のうち、理解力を尋ねる第5項目について、多く該当するほど、介護の手間がよけいにかかると判断。「毎日の日課を理解」「自分のいる場所の理解」「自分の名前を言う」などの6つの設問中、該当する項目が3-4項目の場合は、
点数(時間)を1.3倍、5-6項目ならば1.5倍にする。こうして得られた介護時間を、一次判定の時間にプラスし、最終的な要介護度を決定する。
 同郡でも、合議体ごとの判定のぶれの防止が、導入の大きな理由になっている。
 基準を策定した、玖珂中央病院の吉岡春紀院長は「今の一次判定では救えない人がたくさんいる。この人たちに我慢しなさいと言えるのか。何か納得できる基準や数値があれば二次判定もスムーズにいくのではないかと考えた」と話す。
 もっとも、問題がないわけではない。認定調査票と、主治医の意見書の間で、痴呆度や寝たきり度が食い違うことがあるし、施設と在宅で、問題行動のとらえ方が異なることもある。また、主治医意見書の質の開きを指摘する声も多い。

日本医師会も、判定基準改善へ
 一方、日本医師会も、痴呆の高齢者の一次判定是正のため、独自の基準作りに乗り出した。
 今年度中に、施設に入所している人と、在宅の高齢者について、少なくとも250人ずつ、計500人を対象に、介護に要する時間や手間などを詳細に記録。施設と在宅で、同じ痴呆の高齢者で介護の手間がどれだけ異なるのかを検証し、転換係数のような形で基準をまとめ、検討結果を厚生省に提言していく方針だ。
 厚生省も重い腰を上げ、8月に有識者などで構成する「要介護認定調査検討会」を設置。痴呆の高齢者の要介護度が低く出ることや、要介護認定における在宅の高齢者の介護時間が、在宅ケアの状況を反映していない、などの批判を踏まえて、一次判定ソフトの見直しも含めた要介護認定の在り方の検討作業に着手している。
 しかし、今年度中に実態調査、2001年度に、改定した一次判定ソフトによるモデル事業というスケジュール。一次判定ソフト改定版の導入は、早くても2002年度以降になる。

変更事例にも批判
 厚生省はまた、自治体の参考にしてもらおうと、8月に一次判定を変更した40例を認定調査票や主治医意見書などとともに公開した。
 しかし、現場からは「変更に至る統一的な基準や根拠が示されていない」などの批判も多い。
 吉岡院長も第6例を取り上げて「要支援が要介護1になっているが、われわれの審査会なら要介護2-3になるべきケース。厚生省が、この事例で要介護1よりも重く変更してはいけないというなら問題だ」と訴える。さらに「この場合、主治医意見書と認定調査票では痴呆度が違うのに、そのことが取り上げられていないのはおかしい」と指摘する。
 日本医師会も、40例について「各事例を比較した時、変更要介護度に理論性がない」「動ける痴呆症例の二次判定での変更に、客観的な基準が示されていない」などと批判。40の症例ごとに、個別に問題点を指摘している。
 吉岡院長によると、審査会によつて二次判定のレベルの違いは大きい、という。公表こそしていないものの、飯塚市のように、独自の目安を作り、痴呆救済を模索している審査会もあれば、逆に全く手を打っていないところも多いという。
 今後高齢者が更新認定で、心身の状態が悪化したり痴呆となったのに、要介護度が軽くなるようだと、認定への信頼は損なわれかねない。国が即効薬を処方できない以上、自治体の積極的な対応が求められている。
                    (坂川和俊=内政部)


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