元気な痴呆・問題行動例の一次判定補正基準

     玖珂郡医師会 介護保険認定審査会委員会作成                 


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「痴呆は進んでいるが、身体的には元気で、基本的ADLもなんとか自立している。しかし、昼夜逆転、徘徊、行方不明、介護への抵抗、暴言暴行、ものを壊すなどなど、問題行動はものすごい。こうしたタイプの対象者の方は、介護している家族や施設職員は毎日大変な思いで接していますが、要介護認定の一次判定では自立や要支援しかならない。また二次判定でも身体障害のある方に比べて低い認定結果となっています。どうしてですか。」
 認定審査が始まって、こんな質問は良く聞きます。
 要介護認定審査での一次判定ソフトの欠陥は逆転現象だけでなく、痴呆に関して全く役に立たないソフトだと言うことが全国的に分かってきました。

 もし一次判定ソフトで痴呆や問題行動をきちんとした介護の時間として取り上げ、問題行動の有無や程度で確実に基準介護時間が増えるような判定システムだったなら、痴呆の判定に関しては、他の一次判定の欠陥がこんなに大きくても、これほど問題となることはなかったと思います。
 そして、認定審査が始まる前からおかしいと指摘され続けている事を、この時点まで放置した厚生省のミスも明らかだと思います。
 最近やっと重い腰を上げつつあるようですが、早急に欠陥ソフトの廃止や改訂すると言う論議ではなく、2-3年かけて調査し改定すると言った悠長なことであり、また、「痴呆の判定が低く出るのは調査員の調査の仕方が悪いから」など、調査員の資質の問題にすり替えられる発言もありますので要注意です。

 この問題については、昨年日本医師会から郡市医師会に下記の通達がありました。
 -二次判定における痴呆症例の審査判定について- 
 「特に、身体症状に特段の問題がない「痴呆症状の強い症例」については、「見守り」の時間等を勘案した“高齢者の介護に要する時間”を十分に評価した上で、審査・判定を行っていただきたいと考えております。 一部保険者では、二次判定における要介護度の変更に際し、「状態像の例」へのあてはめを強く求める場合があると聞いておりますが、これは必ずしも単独の例へのあてはめに限るものではなく、「介護の手間」から見て複数の例にあてはめることも認められているものであります。これらの趣旨を十分踏まえられ、公正、かつ、客観的な審査・判定が行われるよう、審査会運営に関するご指導方よろしくお願い致します。なお、本件内容につきましては、厚生省と確認をしているものでありますことを申し添えます。」 一部省略 11年12月14日付け
 この通達後、痴呆例の二次判定での要介護度変更に少し融通が利くようになったように感じますが、日本医師会の通達以外にはその後、厚生省から審査員に対する正式な通達は来ていませんので、一般の審査員には通達されていないようです。
 そして、この通達も痴呆例の判定基準を明らかにしたものではなく、審査会の場で「考慮して良い」との通達ですから、問題行動がどの程度あったらどの介護度にすると言う基準はなく、その場その場の審査会の判断ですから、公平な判定は難しいものでした。
 今の一次判定システムは、何度も事例を示して問題点を指摘してきたように第7群の19項目の問題行動のうち、多くの行動にチェックがある症例でも一次判定は、全く基準介護時間に変化がないか、むしろ逆に介護時間が減ってしまい、ひどい場合は要介護の認定が1ランクも下がってしまう、いわゆる逆転現象を生む結果となっています。
 このソフトを使い続けることが問題であって、その原因を追及しても「どうしてなの??」の質問に誰も答えることは出来ませんでした。

 そこで、我々は先の日医通達で、「元気な痴呆」は二次判定でランクアップして良いとの厚生省の確認が得られたのなら、せめて公平なランクアップの基準が必要と考え、会員から示された「元気な痴呆・問題行動例の一次判定補正基準」の試案を参考に、玖珂郡医師会の担当する2つの認定審査会・5合議体の介護保険認定審査会の医師委員17名の全体協議会を開催し、検討を行い当医師会の関わっている認定審査会では、厚生省や日医の判定基準が出来るまでの補正基準として「元気な痴呆・問題行動例の一次判定補正基準」を作成しました。

 痴呆度・寝たきり度の分布表から仮の判定を出すことも簡便な方法だとは思いますが、認定審査の判定基準に介護の手間を時間として加算したと言う理由付け(理論的裏付け)を加えるためと、調査員による調査項目で19項目も取り上げた問題行動が今の一次判定ソフトでは全く考慮されていないため、問題行動の介護の手間を考慮した基準としました。

「痴呆・問題行動例の補正基準作成」の目的
 1.どの審査会でも同じ結果になること
   公平な判定になること
 2.出来るだけ簡単なこと
   認定審査の場で簡単に出来ること・二次判定の時間の短縮
 3.介護の手間を数字(時間)で表すこと
   介護の重み付けを考慮
 4.申請者の満足の出来る基準であること
   満足できる介護サービスが受けられること
 5.現在の認定システムを否定する方法はとらないこと
   問題はあるが一次判定の補正を行う基準であること

補正が必要な対象者
 申請者全てにこの補正を行うのではありません。現在の一次判定ソフトも寝たきり度の高い例では、痴呆の有無に拘わらず、要介護度は相応に高く出ますので、寝たきり度のB、C群の痴呆例の判定は今まで通りの判定とし一次判定を利用し、介護度に勘案できる問題行動があれば、それを加味して二次判定を行うことで良いと考えます。
 「元気な痴呆・問題行動例」としているのは、寝たきり度が低い痴呆例であり、基本的にはN,J群や一部のA群の例を対象にします。これらの群では何度も実例で示してきたように痴呆のがすすみ問題行動が出現しても、今の一次判定ソフトでは全く考慮されないか、むしろ判定の介護時間が減ってしまうこともあるからです。

問題行動の分析と点数化
 基本は第7群の問題行動別に介護の手間のかかり具合を考慮し点数化しました。
 点数化した根拠は前述した「身体症状に特段の問題がない「痴呆症状の強い症例」については、「見守り」の時間等を勘案した“高齢者の介護に要する時間”を十分に評価した上で、審査・判定を行っていただきたいと考えております。」と言う日本医師会の通達を参考にし、問題行動にかかる介護の手間を、介護に要する時間に置き換えた基準が必要と考えたからです。

そこで表-1の如く
 「介護に抵抗」や「外出して戻れない」「暴言暴行」「火の不始末」「常時の徘徊」などの、介護に手間のかかると予想され、また場合によっては放置すれば生命に危険な問題行動には高い点数を、「作話」「幻視幻聴」「同じ話をする」「落ち着きなし」などの介護の手間はそれほどかからず、生命に危険のない行動は低い点数とし、19項目全てに点数配分しました。

表-1
第7群調査項目
点数

ア.被害的

2

イ.作話

1

ウ.幻視幻聴

2

エ.感情が不安定

2

オ.昼夜逆転

6

カ.暴言暴行

7

キ.同じ話をする

1

ク.大声をだす

3

ケ.介護に抵抗

7

コ.常時の徘徊

6

サ.落ち着きなし

2

シ.外出して戻れない

7

ス.一人で出たがる

5

セ.収集癖

2

ソ.火の不始末

6

タ.物や衣類を壊す

6

チ.不潔行為

4

ツ.異食行動

3

テ.性的迷惑行為

3
点数
75
 第7群の合計点数は試案では50点から100点まで色々配点を変えて案を作り検討ました。配点には、補正によって過度な評価にならない事と、折角補正しても現実に在宅で介護サービスが受けられない配点では仕方ないため、実例の介護サービスの必要量と支給限度額などを考慮し、痴呆・問題行動のある例が必要なサービスを在宅で受けられる事を前提に検討し最終的に第7群の合計を75点とする事に致しました。

 従って、この合計点数に特別な根拠はありません。また各項目の配点も、第7群の総点数を基本にすることから始めておりこの中で一番手の掛かる介護を1/10位の配点としましたので、暴言暴行・介護に抵抗は7点とし、一番軽い介護を1点としその他は介護度に応じて数人の現場の担当者(医師・看護婦・ケアマネ)で協議し検討して配点しました。
 従って配点にも特別な理由はありません。個別の事例では配点の意味も異なる場合も多いと思います。今後介護の現場でもっと検討して、介護サービスと介護の手間の両面で納得の出来る配点に変えても良いと思いますし、新しい基準が出来るまでの配点と考えて下さい。

点数の付け方 
 調査票で問題行動「あり」の場合この点数を加算し、「ときどきある」の場合には点数の半分(0.5)を加算することにします。

痴呆の程度による点数の補正
 調査書と主治医意見書の問題行動の取り上げ方はほぼ同じ項目のチェック項目はありますが、一致はしておらず判断に迷います。従って今回は調査員の調査書で補正を行うことにしました。
 主治医意見書の問題行動は、二次判定の参考資料とします。

 また、痴呆の補正として第6群の5アからカの6項目は痴呆の程度と現状の認識力を表しています。この項目が多いと問題行動の介護はもっと手がかかると判断し、判定の基準に取り上げるべきだと考え、第6群の5アからカの6項目のうち3〜4項目は合計の点数を1.3倍に、5〜6項目は1.5倍にする事にしました。(この点数は四捨五入します。) 表-2

第6群 意志疎通の項目とは
 5.ア.毎日の日課理解
  イ.生年月日をいう
  ウ.短期記憶
  エ.自分の名前をいう
  オ.今の季節を理解
  カ.場所の理解 の項目です。
 表-2 
点数の補正
補正率

第6群の意志疎通5ア〜カ

1-2項目

3-4項目

1.3倍

5-6項目

1.5倍

一次判定の補正判定
 
その合計点数を、この申請者の一次判定の要介護基準時間に加えた時間を、痴呆・問題行動例での判定補正時間として要介護認定判定基準の時間に当てはめて、補正後の一次判定とします。

 表-3

要介護1

30分から50分未満

要介護2

50分から70分未満

要介護3

70分から90分未満

要介護4

90分から110分未満

要介護5

110分以上



具体的な計算方法

 1.まず第7群の問題行動の「ある」項目の点数を表-1の配点によって合計します。
  その合計点数を(A)とします。(「時々あり」の場合には配点の0.5倍を加算します。)

 2.次に第6群-5の意志疎通の異常項目数で補正率を決めます。
  補正率をだします(
表-2 1.3倍か1.5倍)

 3.痴呆判定のための補正点数 = (A)x補正率=(B)  (四捨五入)

 4.この例の本来の一次判定の要介護基準時間 + (B)= 二次判定の為の参考時間 = (C)

 5.(C) 分を表3の時間に照らし合わせて、二次判定の為の要介護度を決定します


 勿論、これも最終決定ではなく調査書・意見書を参考に他の特記事項や状態も考慮して、最終の二次判定を行う事とします。
 またこの基準による要介護度の変更理由は「第7群の中間評価項目の見直しによる変更」としていただければ良いと思います。

 大事なことは、これらの痴呆・問題行動を持った高齢者を介護している方たちは、在宅であれ施設であれ大変な苦労をされているわけであり、厳しい認定を行うよりも比較的余裕のある認定として、必要ならもっといろいろなサービスを受けることができ、介護の苦労を少しでも和らげることができる認定結果にしたいと思うからです。
 例え介護度が少しオーバーに出ても、在宅の場合には家庭等の介護環境で介護サービスの利用は必要なければしなければ良いのです。
 但しこの補正基準では、問題行動のほとんどの項目にチェックされたような例で6群の意志疎通が全く出来ない例では、少し過剰な配点となります。多くの問題行動があり意志疎通が出来ねば簡単に「要介護4-5」となってしまいます。こんな例は介護には難渋する例ですが、果たして「要介護4-5」が妥当かどうか、または介護サービスが満足に受けられる結果かどうかは、もう少し検討することも必要です。第6群-5の意志疎通の項目の加算が必要かどうかも検討する必要があります。 また配点の重みや理由についても、どうしてこんな配点になったのかという疑問もあると思います。
 しかし、一次判定ソフト自体の介護時間の設定は、これ以上に複雑で、当てにならないのですからあまり窮屈に考えることは無いのではないでしょうか。誰もが納得できる・要介護度認定のルールが出来ることを希望しますが、それまでは「元気な痴呆」例では補正後の判定の上限を決めるとか、2ランクまでのアップに押さえるとか、各認定審査会での判断で二次判定していただいて良いと思います。

痴呆・問題行動認定の問題点
 今回の補正基準の問題だけでなく、要介護認定システム全体に拘わることですが
 1.調査票と主治医意見書の不一致の場合どうするか 
   特に問題行動の有無で大きく食い違うとき
 2.在宅と施設での痴呆・問題行動の捉え方の違いをどう表すか
   問題行動の中には在宅と施設で介護に大きく違うものもある
 3.1時間程度の調査ではわかり得ないことも決めねばならない
   調査・主治医の診察だけでは判断できない事も多い
   在宅の場合は介護者からの聞き取り・申請を信じるしかない
 4.一次判定の介護時間と問題行動の点数を一緒に扱う意味があるのか
 5.最終的には一次判定の欠陥をどうするか
   元々おかしい一次判定の介護時間に、補正時間を加えても中には改善できない例もある

など問題も多いことは事実ですが、これらの問題は当分は個別事例として二次判定で検討すべきだと思います。

まとめ
 全国一律の判定基準で行われている介護認定制度に、「勝手な判断で補正を行うことはもってのほかだ」という批判もあることは、理解しています。しかし、今の一次判定では救えない方たちがたくさんあることも事実です。これらの方たちは「当分の間我慢しなさい」と言うのでしょうか。

 今の要介護認定制度の一次判定自体がどうしようもないのですから、今の一次判定に同じ様な時間の係数を加えても仕方ないかも知れませんが、何か納得できる基準になる規則や数値があれば二次判定もスムースに行えるものと考え、今回の判定基準を作りました。厚生省の改善案が出るまでの当分の間、我々の審査会では、この判定補正基準で認定して見ることとします。

 最後に、この補正基準もあくまで最終判定(二次判定)の資料として使用するものでありこの補正が二次判定ではないことを強調したいと思います。

            平成12年7月13日 玖珂郡医師会 副会長 吉岡春紀
                              11月17日 一部加筆修正


この判定補正基準で検証した「実例での補正基準の評価と介護サービス必要量の検証

この判定基準を作ったきっかけや理由づけなどに関しては吉岡会員のホームページをご覧下さい。
 「元気な痴呆・問題行動例の一次判定補正基準」の試案

 8月25日 中国新聞 山口総合版で取り上げていただきました。
 
「痴ほう症行動 独自に点数化」玖珂郡医師会が判定補正基準

 10月3日 防長新聞 時事通信配信
 
「要介護認定・独自基準で修正も」「痴呆に不公平な判定」

 11月4日 「厚生福祉」時事通信 
 
介護保険半年の課題 不公平判定の恐れ、依然残す 自衛策講じる地域も

 13年3月14日 NHK「クローズアップ現代」

 13年4月6日 読売新聞 岩柳版 
 
「介護保険は今 3」

 13年5月25日 広島県医師会報 1760号 
 
要介護認定審査会について 


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