特別講演

 要介護認定審査会について

  広島県医師会報 1760号 2001年5月25日
        県立広島女子大学 助教授 金子 努

 

1 波紋を呼んだテレビ番粗放送

 介護保険制度実施から一年が経過し、この3月から4月にかけてはテレビ番組、或いは新聞等々でも一年を統括したものが番組や記事として様々に報じられている。その中の一つに、3月14日にNHKの「クローズアップ現代」があり、この番組がその後波紋を呼んでいる。この番組のタイトルは「のしかかる負担 痴呆介護」で、その内容では、実際に痴呆の父親を看ている息子の様子を取材していた。その取材では、介護保険制度が始まる前のサービス利用の状況と、介護保険制度が始まって以降のサービス利用の状況を比較しながらインタビューしている。

 以前の福祉制度の元では、それなりに在宅で看ていけるだけのサービスを利用できたが、介護保険制度が始まって認定を受けてみると、思っていた以上に認定の結果が低く出てしまった。その結果、在宅のサービスの利用が非常に制限をされ、以前と同じだけのサービスを受けられなくなったとの話が語られていた。

 この痴呆性高齢者の事例を材料に、何故痴呆の場合、認定結果が低く出るのかについて問題提起し、引き続き一次判定ソフトの問題にもつなげている。
 一次認定ソフトの問題については、既に厚生労働省でも、1.痴呆が非常に反映され難いことと、2.在宅の介護が十分反映されていないこと、の二つに絞って、検討を始めているところだ。

 その中でも、痴呆性高齢者の認定については、次のような問題が実際に起きているとして、実際に番組の中でコンピューター画面を映像で映し出しながら紹介している。具体的には、痴呆の問題行動に該当するのが、第七群の十九項目におよぶチェック項目であるが、その領域の項目を沢山チェックしてもあまり介護の時間が変化しないこと、さらには、介護の時間が逆に短くなってしまうという逆転現象も起きているということを紹介し、一次判定ソフトの問題を目に見える形で紹介していた。

 さらに番組では、そうした一次判定ソフトの問題や不充分さを踏まえ、全国の幾つかの地域では独自の補正作業のための仕組みを作ったり、或いは共通のマニュアルを作ったりしているとして、その取り組みを紹介した。

 例えば、そこで紹介されたのが、山口県玖珂郡医師会の取り組みである。

 ただ、この番組では、そうした各地の独自の取り組みを紹介するにとどまらず、国全体の問題として次の点を指摘していた。すなわち、工夫がない自治体と工夫のある自治体との間で不公平が生じないかという疑問である。たまたま工夫をされている自治体に住んでいる人は良いが、そうでない自治体に住んでいる人は受けられないではないかという不公平の問題である。こうした点が介護保険制度実施から一年経過して、改めて国に突き付けられて来た課題であろう。

 厚生労働省も堤局長のインタビュー場面もあった。局長は、要介護認定の不充分さに関しては認識しているとした上で、いま見直しをしている途中で、出来るだけ早く結論を出したいと答えていた。「ただ、直に出来ることではなく、二年は要するとしていた。仮に、短期間で見直しをしたとして、完全なものができればいいが、そうではなかった場合、また直に作りなおすということはできない。だから、少し時間は掛かるが、それなりに納得の行くものを作りたい。」ということで、見直しに要する期間を二年ぐらいと言っていた。

2.厚生労働省の見解の変化

 介護保険制度が始まる前と後とでは、厚生労働省の見解も変化してきている。介護保険制度が始まる前は、とにかく認定の仕組みを作ったのは全国共通のものさしで認定を受けてもらい公正・公平を実現するためとし、国が示した以外の認定の方法を取ってはならないということを原則としていた。したがって、独自の審査方法を用いた我孫子市などに対しては、当初厳しい態度でのぞんでいた。

 しかし、実際に介護保険制度が始まる段になると、こうした態度に変化が現れてきた。それは、制度開始当初から痴呆の高齢者の認定問題がへ表面化したからである。さらに2000年の8月頃には、認定の仕組みの見直しに向けて要介護認定の調査検討会を設置した。この検討会で検討する重点課題として、次の二点が挙げられた。

 一つは、痴呆性高齢者が低く評価されているという問題について見直しをするということ、二つには一次判定ソフトを作成した「もとデータ」が施設介護データの集積によっているため、在宅における介護の状況の反映が不充分であるという問題である。これに関しては、在宅のデータを改めて集積して見直しをするということを挙げている。

 こうしたことから、厚生労働省の態度も変化してきており、一次判定ソフト改良の動きを踏まえ、二次判定については公平に、そして効率良く認定審査を進めるために、一次判定を否定するのではなく、補正する形であれば様々な工夫を認めてきている。

 そこであらためて問題となってきたのが、NHKのキャスターが指摘したように、補正作業に取り組む保険者とそうでない保険者とのアンバランスの問題である。国が二年間の見直し期間を要するというのであれば、たちまち、その間の二次判定の仕方について、一定の枠組みを国から示してもらわないと、工夫を独自にする保険者としない保険者があるのでは、不公平が生じるというのである。

3.崩れる一次判定ソフトの信頼性

 今年に入って、一次判定の信頼性に対して、疑問を投げ掛けるような動きがあった。一次判定ソフトを作成の「もとデータ」について、それを提供された研究者である筒井孝子氏等が、樹形図を作った「もとデータ」を公開したのである。その公開されたものは、今回の一次判定ソフトが信頼できるものではないことを明らかにするような内容であった。

 どういうことかというと、それぞれの項目についての寄与率、決定係数が示されており、それをみるといずれも低い数字となっていたのである。例えば一般の統計学で見ると、ぜんぜん関係のない乱数の決定係数を計った時でさえ、0.6以上という数字が示されている。これに対して樹形図を作成するもとになったデータの寄与率は、どれも0.6に達していなかった。介護に関係の無い統計学者からも何故このようなものを使うのかというような疑問の声が出てくるようなことがあって、認定の仕組みの根幹が揺らいだ。

 しかしながら、いま考えなければならないことは一次判定ソフトを否定するのか、しないかといった問題ではなく、これはこれとして当面活かしながら、その上で二次判定の精度を如何に上げて行くのか、要介護者の方々の介護の実態を反映するような形に持って行くのかが課題となっている。

4.玖珂郡医師会の取り組み

 独自の工夫をしているところとしてNHKの番組の中でも紹介があったのが、玖珂郡医師会の取り組みだ。玖珂郡医師会では、独自に設けた認定審査会委員会で、補正作業のためのマニュアルを作成し、痴呆に伴う問題行動については、介護の手間として時間に換算できるものを独自に作成している。玖珂郡内の介護認定審査会では、このマニュアルを使用してどの審査会でも同じように問題行動を取り扱い数量化出来るようにしている。

 これを作成した目的は、一つがどの審査会でも同じ結果になること。二番目が出来るだけ簡単であること。これは二次判定の時間を短縮する意図がある。三番目が介護の手間を数量化で著すこと。四番目が申請者の満足出来る基準であること。この意味については要介護度の結果が満足出来ることと、もう一つは満足出来るサービスが受けられること、の二つの側面があって、ここをセットで考えている点が重要だ。つまり、認定を受けたものの、その後のサービスを実際に利用できなければ不満が出て来ることになる。

 そして五番目として、現在の認定システムを否定する方法は取らない、あくまでも問題はあるが、どうそれを活かすのかということで作成している点だ。

 こうした取り組みと同時に、保険者を始めとする行政機関とも話し合いをしながら進めてきたということで、山口県の担当の方でも好意的に捉えているということであった。もちろん、保険者の方もこのやり方に対して支援しているということで、医師会がリードしながら保険者を始めとする行政機関、或いは関係機関との関係を上手くやって行く、全体としてより良いサービスの提供、こういう点は非常に重要な点と思われる。

 玖珂郡医師会の吉岡副会長がホームページを通じて、認定に関して問題点を挙げておられるので紹介し、それに対する若干の私見を述べる。

 一番目には訪問調査票と主治医の意見書の不一致の場合どうするかということがあった。
 これについては、不一致の内容によってどのような取り扱いにするかを幾つか選択肢を示し、それにそって共通の対応が図られるようにする必要がある。
 二番目に在宅と施設での痴呆、問題行動の捉え方の違いをどのように評価するか、或いはどう表現していくのかということがある。この点については、精神障害の障害年金の診断書記載方法における考え方が参考になる。そこでは精神病院に入院中であってもその患者が在宅に帰った場合、何が出来て、何が出来ないかという視点で記載をしてもらいたいということがあり、しかもその際には、その人の個人の家に帰ってということではなく、一般的な家庭、一般的ないまの在宅に戻って何が出来て、何が出来ないのかところで診断書を記載する旨述べられている。こうした考え方は、介護保険の認定でも活かしていけるのではないか。その人の家だから、あるいはたまたま一般家庭より条件が整って.いるから出来ているとかではなくて、一般的な家庭に帰って出来るか出来ないかの評価をするということである。

 次に、三番目の問題点として、一時間程度の限られた訪問審査では分かり得ないことも多く、それでも判断しなければならない問題である。これについては、「呆け老人をかかえる家族の会」の取り組みが参考になる。それは介護している家族が介護日誌を付けて、それを訪問調査に来た時に資料として提供して行くというもので、同会では記載方法についても介護者、家族に指導している。こういったものは痴呆性高齢者以外でも有効な取り組みであり、活かして行くことが出来る。四番、五番は時間の関係で省略する。

 いずれにしても厚生労働省における認定制度の見直しの結果が出るまでに二年は掛かることから、その間どうするかということである。これについては既に検討されていることではあるが、それぞれについての精度を上げていかなくてはならないこと、もう一つは保険者レベルでの公平性の確保、そして全国レベルでの公平性の確保をどう図るのか、これはもちろん国も含めて考えていただかないといけない部分だ。

5.今後に向けて

 最後に、要介護認定審査会の役割を考えたとき、一次判定で全てを終わらせるというのは限界があるとの認識に立ち、むしろ一次判定の限界を踏まえた上で、認定審査をより良いものにしていくのが、二次審査の役割であり機能だろう。くどいようだが、一次判定はあくまでも二次判定の手掛かりとして位置付け、如何に二次審査のところで制度を上げて行くのか、或いはそれを公平に行うのかという仕組み作りをこれから進めて行くことの方が私は必要だと考える。

 そして、もう一つおさえておきたいことは、要介護認定過程と介護支援サービス過程とは、実は直接結びついていないということである。どういうことかと言うと、認定のところではあくまでも直接的な介護を中心としてどれほど介護が必要かということを見て介護度を決めるが、一方で自立支援のためのケアプラン作成における課題分析では、生活全般の解決すべき課題について明らかにすることになっている。つまり、目的が違うし、みるところも違う。だから認定のことと実際のサービス利用が上手く結びつかないのだ。ただ、そうはいっても、制度の成否を大きく左右するのが利用者の満足であるから、そういう点から言うと、認定の仕組みと同時に一方で満足出来るサービスを受けられる仕組み作りも考えざるをえない。

 


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